忌引き後の初休暇はやることだらけ
葬儀が終わり一段落かと思いきやそうではない。やることは山ほどあるのだ。父や祖母の時に経験しているので、ある程度察していたがやはり結構キツイ。ほぼ休日返上となる。変な話、母の死を悲しんでるヒマもない。
やることをざっくり書くと「挨拶・連絡」「清算」「四十九日法要準備」「諸手続」である。「挨拶・連絡」はお世話になった病院の先生や介護施設、親戚など‥「清算」は入院費、葬祭費‥位牌の作成や菩提寺、霊園との日程調整は「四十九日法要準備」、仕上げは市役所、銀行、税金等々の「諸手続」‥これを「仕事の休暇日」を使ってやるのだ。年内にすべて終わらすのは困難だろう。
特に今回は「諸手続」のところに「家の名義変更」がある。土地、建物の所有者を親から私に変更するのだが「相続」が絡む、司法書士に頼んだ方が良さそうなので「司法書士探し」から始めなければならない‥。当面はこんな生活が続くのだろう。。
病院の最終清算 会計のお兄さんにお礼
最優先は「大きなお金の清算」であった。葬祭費と病院の入院費‥。前者は銀行振り込みできるのだが、後者は病院に直接行く必要があった。平日でないとなかなかできないので、今日の休暇の最優先事項とした。
病院までは自家用車で30分ほど。前回は他でもない母が亡くなった時、夜10時過ぎに「危険な状況、間に合わないかも知れない」と病院から電話を受けた時‥あれからもう10日経った。見慣れた道のりではあったがこれが最後。。そのつもりはなかったが、運転中、様々な思いが頭を過る‥。
病院に到着。表現が不適切かも知れないが、何だか懐かしい感覚。卒業した学校に訪れたような感じだった。
そして、最終清算。。少し時間はかかったが、程なく処理終了。いつも対応してくれる会計のお兄さんが今日も対応してくれた。4年間、特に話をしたことがあった訳ではないのだが、最後は一言お礼を伝え窓口を後にした。これで病院とも縁が切れる。。
会計窓口の後ろに座っていた親子
会計を終えて、ふと気付くと受付待合室の座席に40~50代の男性とその横に男性の母親と思われる初老の女性が座っていた。女性は車椅子だった。私が傍を通ると話し声が聞こえてしまった。
「邪魔になるかな‥」
女性が乗っている車椅子が通路で歩く人の邪魔になってしまうのではないか‥男性はそんなことを気遣っていた。
「40~50代の男性と車椅子の母親‥」
なんてことだ‥と思った。テレビドラマの最終回じゃあるまいし‥。私の病院最後の日に、このような親子を見かけるなんて‥。
その姿は、まさに数年前の私と母の姿だった。同じだった。
母の車椅子を押して何回、何十回と病院・介護施設に出入りした。大袈裟な話ではなく、たぶん百回を超えてもおかしくない。そのくらい日常化していた。待合室で私が長椅子の端に座り、母の車椅子をその横に止める‥通路の邪魔にならないかどうか‥結構気になるモノなのだ。。
「入院費の清算をした日」のことなどしばらくすれば忘れてしまいそうだったが‥。おかげでこの日のことは長く記憶に残るであろう。
車椅子使用14年 そういえば使わなくなっていた
父が亡くなり、母の見守りを始めて14年。当初、母は自宅内では自立歩行出来ていたが、外出時はもっぱら車椅子だった。これも「外出時は‥」から始まり「移動時の必需品」「もはや身体の一部」となるまで依存度が高くなった。そして、3半年ほど前からは「不要」に。。
自宅には不要になった折りたたみ車椅子が今も置いてある。当面は使用しないであろうが、家族に何が起こるか分からない‥当然自分にも‥なので処分するかどうかは考え中である。
話が逸れたが‥病院でお母さんの車椅子を押していた男性へ心の中でエールを送って病院を後にした。