コロナ渦で大きく変わった生活
在宅勤務が導入されて半年。感染には厳重注意しなければならないリスクを抱えながらも、ドアツードアで1日往復4時間の通勤時間をカットできる日ができたことは、私の生活を大きく変えた。
メディアでは「家族と過ごす時間が増えた」「家族とより仲良くなった」とコメントしているおとうさんも多いようだが、テレビで放送されている映像やネットに紹介されている画像などを見る限り、それらは「小学校低学年以下のお子さんがいる家庭」のように思える。
ウチの場合、長男が高校1年生、次男が小学5年生。どちらかといえば(長男は明らかに‥)「おとうさんとは一緒にいたくない」という空気をはっきり感じる。「おとうさんとお散歩」「おとうさんとお出掛け」を喜ぶ年齢は過ぎてしまった。
もちろん、高校生、大学生、社会人になっても親御さんと行動を共にする‥という家庭も多いだろうし、それは素晴らしいことであると思うので、ここは何が良い悪いの話ではない。あくまでも「ウチの場合は‥」という話で、なおかつ私自身、そういえば小学校5、6年頃からは友達と遊ぶことが中心で、親と一緒に行動することはなかったかも知れない。
ただ、昨今のコロナ渦で、私の子供達は「親離れし始めているのに、友達同士で遊びに行ったりすることが難しい」という状況が少し気の毒だと思う。実際、今年の夏休みは高校1年の長男に「友達と遊ぶのは今年だけは控えろ」と話してしまった。もちろん、長男も納得の上だったが、私自身は高校1年の夏休みには友達と海やプールに行ったし、部活の合宿で学校の体育館に泊まったりしたものだった。
話を元に戻すが、家内とは倦怠期真っ只中‥。ほとんど直接会話はしていない。総じて「家に居ずらい状況」「おとうさんは普段は会社に行って家にお金さえ入れてくれればイイ」‥後者はやや大袈裟だが、基本的に家の空気はそんな感じだ。それでも1日往復4時間の通勤時間削減は本当に大きいのだ。
平日は会社残業、休日は家族サービスの日々だったが‥
かつては「平日は会社、休日は家族サービス」の日々だった。ちなみに「家族サービス」はいわゆる「家族でお出掛け」だけでなく、病院の入退院、介護施設への出入りを余儀なくされていた母の用も大きなウエイトを占めていた。
このブログでも書いたが、母は「入退院」がなくなり、ここ2年程は継続的に「入院」している。体調については残念だが、母にとっても私にとっても「病院の入退院」「介護施設の入退所」「病院と介護施設の往復」を繰返していた頃に比べれば、体力的にも精神的にも落着く。ちなみに現在はコロナ渦で病院は面会禁止。見舞いにも行けない。
親離れが始まっている子供達に関しても寂しい面もあるが、私としては「親離れは成長の過程」と考えているので、必要以上にコミュニケーションを取ろうとはしていない。いつまでも「一緒にお出掛け」「一緒にごはん」「一緒にお風呂」である必要はない。成長したら、それ相応の付き合い方をして行けばいいのだから‥。
すると最近、こんなことに気が付いた。
‥時間が空く
あれ‥時間がある。。
‥ヒマだ。。オレ‥ヒマなんだ。。。
意外なタイミングで生まれた「自由」
かつて「平日の仕事」は残業の連続、会社に寝泊まり‥なんてこともザラだった。ストレスで夜眠れずなんてこともあった。そして休日には「家族サービス」。「自分の時間がない」は言い過ぎかも知れないが、「自分の時間は大きく制限されている」状況だった。でも、特にそんなことに疑問も感じず、かわいい子供たちのためにアクセクすることがストレス解消にもなり、楽しくもあった。
仕事は相変わらず忙しい。コロナ渦で一時混乱したが、コロナに対応した業務改善や商品開発が本格的に始まり、むしろコロナ前より仕事が増えて来た感じだ‥。でも仕事には慣れる。ストレスにも慣れる。そして、事情も成り行きも全く別だが、母親にも子供にも家内にも手が掛からなくなって来た。さらに在宅勤務増による通勤時間の大幅減‥。
ここに大きな「空き時間」が生まれた。
少し大袈裟に言えば「自由」が生まれた。私に大きな「自由時間」が発生したのだ。実際は単に「家族に疎ましがられるおとうさん」なのかも知れなが‥それでいい、それで十分である。家庭にこれまで通りの収入を入れておけば、あとは何をしても特に気にされない。自由な時間だ。
ああ‥自由ってあるんだ。。
最近の率直な気持ちである。10代の頃、分りもせず「自由」に憧れたり、30から40代にかけては仕事上での自由‥いわゆる「フリー」に憧れたりした。でもそれらはことごとく「憧れのまま」でいつしか消え去って行った。
50歳になった今年、あとは重苦しい仕事のストレスを感じながら、家にいても家族にはほぼシカトされて居場所もなく虚しく歳を重ねていくのか‥と思っていたが‥案外そうでもなかったのだ。
「自由の形」子供たちに伝えておきたい
自由‥そう自由だ。あんなに憧れて夢見た自由‥とは少し形は異なるかも知れない。いや、まったく違う。ささやかで地味で別に誰も羨むようなモノでもないかも知れない。家族からしてみれば「勝手にすれば」程度のモノだろう。
そんな感じでも私には十分なのだ。十分な自由がここにある。それでいい。
「異なる形の自由」。確かに若かりし頃に思い描いていた「自由」とは違う。でも今‥確かに「自由」を感じられる。それは、10代の頃から受験、学業、仕事、恋愛、結婚、育児、介護‥ありきたりなのかも知れないが「やるべきことをやってきた安堵感」の上に成り立っている気持ちが土台になっている気もする。
「何もかも捨て去って夢に邁進する」という道をいつの日か忘れ、現実に、大衆に、ありふれた生活にどっぷり浸かって生きて来た結果‥案外悪くない‥かも‥と思える自分がいた。思えば50歳の今になるまで否定し続けた生き方なのかも知れない。でも、こんな感じになれるなどとは夢にも思わなかった。
この感じ、どうやれば子供たちに伝えられるであろうか。できれば伝えておきたい。それは、彼らが人生で追い込まれるような局面に立たされた時、最後の砦として逃げ込める手段に「なるかもしれない」からだ。
もしかしたら、子供がやがて成長して人生に悩んだ時「夢を追え」「自由をつかめ」とアドバイスするのは簡単なのかも知れない。
「しっかりと学業を重ね、しっかりと仕事をして普通に生きて行っても自由に辿り着くことはできる」
難しいかも知れないが、今は、私の子供にはこんな風に伝えたいとも思うようになってきている。




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