2026年5月19日火曜日

おとうさんの休日 転職後初めての釣り紀行

休止していた趣味の釣りを再開 

4連休2日目。介護職に転職後、初めての釣りとなりました。約1年半ぶり・・。やっぱり昨年は気持ちの部分でも休暇日程の部分でも釣りに行くゆとりがなく、結局、趣味で月2回くらい行っていた釣りを1年以上休止してしまっていました。

今後も月2回は難しいですが、可能な限り釣りには行きたいと思っています。


画像で綴る おとうさんの釣り紀行

釣り場の堤防から撮った港内の様子。青い空、青い海の色に癒やされます。カモメやワシなども飛んでいます。長閑な風景に囲まれての釣りはホントに最高!



この場所には5年ほど前から来ていますが、モジュール船・・というのでしょうか。珍しい光景だったので撮りました。もちろん「釣りをしている方は移動してください!」と言われました(汗)。

モジュール船


今日の釣り場とは反対の港外側。こちらも釣りはできるのですが、今日は波が荒く、釣りをしている人はいませんでした。

灯台 シンボル 荒波


港外から望む水平線。この景色を見ることが釣りと同じくらいの目的でここに来ています。イヤな事とかホントに忘れさせてくれる風景です。

水平線


そして、今日の釣果。5センチ程のカマスと小サバ・・。イマイチしたが、明日、唐揚げにしてありがたくいただきます。

サバ カマス 釣果


釣果はイマイチでしたが、天気もよく、爽快な風景に癒やされた釣り紀行でした。連休でないとなかなか行けませんが、今シーズンも行ける限り行きたいです。


2025年10月22日水曜日

ついに終わり 2年半の愛欲の日々も終結へ

予定が合わずLINEの返信も遅れがち

今年の6月頃からだっただろうか、AからのLINEの返信が鈍くなった。誘っても日程が合わないことが多く、最近は会うのが月1回くらいのペースになっていた。

よく考えると、Aはいろいろなことが変化していた。

変化 既読 無視 LINE

そっけないLINEの返事。返信の遅れ。そしてルックスの変化。A自身も言っていたが、見た目に分かるくらい体重が増えて来ていた。それは、身体を合わせている時も実感できたし服の上からもはっきり分かる。

待ち合わせ場所に立っている最近の彼女の姿は、お世辞にも魅力的とは言えなかった。初めて待ち合わせをした日、私が到着する前に別の男にナンパされたという彼女はもうそこにはいなかった。

それでも会えば燃えるような情事を繰り返し、快楽を楽しんでいた・・というのは自分だけの思い込みだったのだろうか。


既読無視と時間限定付きの承諾

8月に入ると誘いのLINEメッセージが既読無視となった。

「大丈夫?」と追メッセージを送ると、「○○時までなら・・」と時間限定付きの返事。

時間限定 既読無視 見送り

初めてだった。

いつも「ゆっくり会いたい」と言っていた彼女が時間を限定してきた。そして、その返信には続きがあった。「今回は見送りますか?」これも初めてだった。

そして今月(10月)初めに送った誘いのLINEは2回目の既読無視だった。

ここが限界かも知れない。

こちらからも追メッセージはしなかった。


辞めたいときに辞める関係

思えばAと濃厚な関係になって2年半。当初半年か長くて1年かと漠然と考えていたが、そんなに月日が流れたのだ。お互いに家庭があり、会いたい時に会うだけ。関係を終える理由が特になく、ダラダラとここまで来てしまったが、彼女の方で関係を終えたい理由ができたののだろうか。

関係 終了 終結 終わり 辞める

2年半の間に私自身転職しAと同じ勤務先から離れてしまったこともあり、会う回数は大幅に減ってしまった。予定も合わせ難くなり、最近は本当に「会ってするだけ」のセフレ状態だった。そんなところも彼女は嫌だったのだろう。

憶測の域を超えないが、頭のいい彼女のことである「あと腐れなく」終わりにしたいのかも知れない。「予定が合わない」から始め、LINEのやり取りを鈍らせ、自身のルックスをも悪くして、私の方から気持ちを離れさせるように仕向けていたのかも知れない。


恨みなし 感謝とお礼と今後へのエール

近い未来に必ず来る日である。それが今来ただけ。寂しい気持ちもあるし、今後、抑えられないであろう欲求をどう処理していいかも分からない。以前のように「お店」に通う方法もあるが、今、何となく気が進まなくてそれもしていない。

関係 解消 終わり 彼女

私の方は未練ありありだが、Aにはもう連絡していない。「気が進まなくなったらいつでも解消する関係」は当初から彼女との間で了承し合ってきたからだ。今更追いかけることはルール違反である。もちろん恨みなどない。

それよりも、あらゆる方策を使い、身体を張ってまで穏便に関係を解消しようとした彼女に申し訳ない気持ちで一杯である。どうかこれからも二人の娘さんと共に楽しく幸せに暮らしてもらいたい。

LINEは繋がっている。Aには心から感謝とお礼を伝えたいところだが、それはやらずに静かに関係を終了することにしようと思う。静かに終わる。それを彼女が望んでいるようだから。。。

2年半、本当にありがとう。心から感謝しています。今後ともお元気で!


2025年6月8日日曜日

介護職転職で減収 太陽光発電で節約を実行!

太陽光発電導入 金銭的な結論はこちら

電気代節約を第一の目的に自宅に太陽光発電を導入することにしました。詳細をいろいろ書きましたが、まずは金銭的な結論を先に書きました。

介護職 転職 電気代 節約 太陽光

※簡単のため「約」の記載を省略

■総額:¥3,300,000

■自治体からの補助金:¥2,000,000 ※3~4か月後に回収

■自己負担分:¥1,300,000

■現状、月々の電気代(年間平均):¥25,000

■太陽光発電導入後、月々の電気代(年間平均):¥8,000

月の電気代が「¥17,000減」と考えると7年で「自己負担分」が全額回収となります。

業者の方から太陽光パネルや蓄電池システムの耐用年数は「20~30年」とのことですので、少なく見積もって耐用年数20年としても概ね¥2,500,000万以上の電気代節約になる見込みです。


介護職転職で減収 電気代の節約に注目

介護職転職での不安要素のひとつに「収入」があります。残念ながら私の場合は一時的に収入減となっていますが、65歳までの総収入を考えると前職を上回れる見込みです。

「一時的」とは言っても収入減となれば日々の生活は厳しくなります。出費はなるべく避けたいものです。そこで私は光熱費で大きく負担になっている電気代を節約すべく「太陽光発電」に着目しました。

介護職 転職 節約 太陽光発電

私の場合「自治体の補助金が出る」「前職の退職金がある」という事情がありましたので、こちらを活用することにしました。

ちなみに「退職金」は前職で23年働いて約700万です。多いか少ないかはよく分かりませんが(絶対少ないですよねぇ~汗)、一般的に「老後(定年退職後)の必要資金は年金+2000万」と言われているようなので、それに照らせば全然足りません!


太陽光発電導入の詳細 相見積もりから

4月、5月は休暇を利用して合計3か所の業者さん(近所の家電量販店やホームセンター)から相見積もりを取りました。2社が総額約420万、1社が総額約330万だったので、330万のKズホームに決めました。今月から本契約、取付工事に入ります。

7月中旬頃から発電できるようになるそうです。

介護職 転職 太陽光発電 節約 パネル

太陽光発電に必要な装置は大きく分けると「パネル」と「蓄電池」です。家の屋上に取り付けられるパネルの枚数、および蓄電池の性能(パネル枚数により変動)が変わるため、それらに応じて自治体の補助金額も変わるそうです。なので、ウチの場合、事前の見積もり、現場調査で10枚のパネルを取り付けることになり、補助金は200万となりました。

ただし、実際に補助金が出るまでには3~4か月程かかるそうです。


太陽光発電導入 費用的に苦しいところは

補助金が交付されるまでに数ヵ月かかるため「業者には補助金分も一旦支払う」必要があります。もちろん、数か月後にはには戻ってくるのですが・・。ここが少し費用的に苦しいところです。

太陽光発電 自治体補助金 退職金

一方、「自己負担分」はローンを組めます。

さて、ここがポイントですが、

「今までの月々の電気料金」>「ローン月額+太陽光発電分を差引いた電気料金」

となるようにすることが大切です。ローンを支払っても電気に関係する月々の支払いが安くなるようにローンを組みましょう。

ウチの場合、20年ローンで概算すると下記の通りでした。

ローン月額 10,000円

太陽光発電分を差引いた電気料金 年間平均約8,000円

現状、年間平均の電気代が月々25,000円だったので、月7,000円の節約になる概算です。

ただし、ウチは「一括払い」にしたのでローンは組みませんでしたが、月10,000円ずつ「退職金を戻す」ことにしました。約10年で「自己負担分」も回収できる見込みです。「自分ローン」なので分割手数料がありません。。


退職金を投資 吉凶はいかに

以上はあくまでもウチの場合、23年仕事した職場を退職した「退職金」を投資してみるという考え方に基いて実行しました。

投資 退職金 吉凶

まぁ、故障が出たり、うまく行かない部分もあるかも知れませんが、給料が減収となってしまったところでできる限りの経済対策をしようと思って実行してみました。

「お金を増やす」ための投資も必要ですが、私は「出費を抑える」ことを目的に退職金を「投資」しようと考えました。

吉と出るのか凶と出るのか。。答えは20年後くらいに出るのでしょう。。。


2024年11月2日土曜日

母命日の墓参りと人生の転換期の予感

心を落ち着かせ2週間遅れの墓参り

今日は母の命日として墓参りに行った。2週間遅れだ。

本来は10月中旬なのであるが、仕事の繁忙が重なり、日程的に行けないことはなかったのだが、あえて行かなかった。義務のような感じで墓参りしたくなかったからである。11月に入り、仕事の方が少し落ち着いたので3連休を利用して今日行って来た。




午前中に行ったためか、人気は少なく落ち着いてお参りする事ができた。昨年同様、家族は誘わず一人でのお参り。静かに落ち着いた気分になれる時間である。
そして、軽く公園内を散歩して帰るのがルーティンである。今日も草木や青空に癒された。

ちなみに私は青空にバックにした送電線の雄大さに何となく癒しを覚えるので、いつも写真を撮ってしまう。。これは超個人的な感想で変だと思っているのだが、今日も撮ってしまった(汗)。

ふと思うが、家内や子供たちは「おばあちゃんの命日」を覚えているのだろうか。

恐らく覚えていないだろう。家族でそのような話題は皆無。これは私にも責任があるだろうが、無理に家族を連れて墓参りに行く気もない。そもそも私だって家内の母の命日をはっきり覚えていないし、墓参りにも行っていない。家族揃っての行動がいよいよなくなっていることを切に感じる最近である。


人生の転換期になるかも知れない予感

今日は墓参りをしつつ、心はもうひとつのことを常に考えていた。
それは「転職」である。

以前の記事にも書いたが、度重なる異動でとうとう営業職に回され、モチベーションが皆無であることも原因であろうが、職場での人間関係は冷淡そのもの。今の職場に未練も愛着も全くない。なのに毎日通っている。最近は休みの日も自宅に持ち帰って仕事をしている。苦痛以外の何物でもない。

いくら収入のためでも、いくら家族のためでも。生きているように感じない日々に疑問を感じ始めて数カ月。上司への待遇改善相談、異動希望、転職探し等々、様々な方法を検討して来たが、とうとう「転職」に突破口が見出せそうになって来た。


新しい生き方 非正規雇用を受け入れる

54歳。もはや現状を好転させるのは、これしかないようである。でも、当然ながら大幅な収入減は確実。家族を支えて行けるのかが大きな課題。大変大きな重大な課題である。ここをクリアできない限り一歩前に踏み出すことができなかったのだが・・


ハローワークや転職サイトを探しているうちに、とある人材派遣会社の求人が目に留まった。簡単に言えば理学・工学系のスキルを持った人材専門の人材派遣会社である。

そこには、若かりし頃の自分の夢に近づけるような仕事がずらりと並んでいた。しかもほとんどが「年齢・経験不問」である。二十数年前から派遣業を営んでいる会社のようであるが、全く気付かずここまで来てしまった。

仮に派遣契約が決まったとしても、大幅な収入減は確実である。でも受け入れられた。この仕事に就けるなら「セカンドワーク」も辞さない。「非正規雇用」「セカンドワーク」もあっさり受け入れられたのである。


背中を押したのは夢と理想だった

「夢」「希望」「やりがい」・・こんな言葉はとっくの昔に忘れ去っていた。口にするのも小恥ずかしく感じる今日この頃であった。


収入、人間関係、健康、生活習慣・・転職を考える上で様々な「動機」を考えて来たのだが、最終的にはこれらが決定打となった。非正規雇用もセカンドワークも受入れ、家族には経済的な不安を感じさせないように環境を変える決意をする事ができたのである。

ただ、越えなければいけないハードルはまだまだある。そもそも、その人材派遣会社は「書類選考」と「適性試験」があるらしい。昨日、メンバー登録をしたのだが「書類選考の結果が出るのは週明けであろう。気持ちだけは前を向き始めたが、まだ分からない。書類選考、適性試験をパスすなければ何も始まらないのである。


心が回復して来た 冷静に選考結果を待つ

今、こんな心境である。あまり思い込み過ぎず、とりあえずは冷静に選考結果を待ちたいと思う。

そして、こんな気持ちになったのは何年振りだろうか、心が満たされると言うか、心に力が入ると言うか・・現職を辞めることへの周囲の抵抗、慣れない環境に飛び込んでいく不安、収入減による経済的な負担、健康への影響・・これらをすべて乗越えてでも進んで行く気持ちが今は芽生えている。

100%とは行かないまでも、若かりし頃に思い描いていた理想の生活に少しでも近づけるか、それとも家族を支える収入も得られず、健康も害して地獄に落ちるか、先の事は全く分からないが、そもそも現状が地獄のど真ん中である。もう怖いものなど何もない。54歳の最後の挑戦である。

2024年8月16日金曜日

自分の最終キャリアを考える54歳

塩対応・仲間外れ・孤立に疲れて来た

久し振りの更新になってしまった。お盆休みになり、何となく一息つけたのでブログを開いてみた。前回の更新が3月下旬。現職場での塩対応が明確になり始めてから更新途切れている。恐らくストレスが原因でブログ更新まで気持ちが回らなくなっていたのだろう。


現職場でも「指導」の名の下の塩対応が本格的に始まった。日々、周囲の職員から「冷たい態度」「冷たい言葉」「止めたい目線」に晒されている。「指導の名の下」であることは分かっていてもかなりしんどい。。

今、塩対応をしてくる人間は3人。私には塩対応。3人同士は和気あいあい。これだけはっきりしてくれれば逆に気持ちがよい・・というくらいはっきりした差別。簡単に言えば職場に4人いて私一人が完全な仲間外れ。他の職員はいるのだが別の階にいるのでほとんど顔を合わせない。

完全孤立。完全仲間外れ。

なんとか状況を打開しようとこちらから話題を持ち掛けても「冷たい態度」「冷たい言葉」「止めたい目線」が返って来るだけ。現職場に異動して8ヶ月。。いい加減疲れて来た。


いくら家族のためと言っても 感じる疑問

いつしか「こんなつまらない思いする必要があるのか」と感じるようになった。定年まであと5年程。専門外の仕事でもストレス満載の職場でも家族のためにあと5年耐えれば終わり。などとこれまでは考えていたのだが少し変わって来た。


そして、いつしかハローワークのサイトに掲載されている求人票を見るようになった。

転職活動を始めたのだ。条件は悪くなるかも知れないが、定年までの残り数年、せめて「やりたい仕事」に就いて自身のキャリア終了を迎えたいという気持ちが強くなってきた。

意外にも応募要件を満たしている求人はいくつかあった。IT業界は50代中盤でも募集対象になっている求人があったのだ。早速応募して昨日インライン面接を受け結果待ちである。合否および条件の折り合いなどまだハードルはいくつかあるが、すべてクリアできれば転職を実行しようと思っている。23年通った会社であるが、もう、未練は何もない。


偶然か必然か? 旧実家のあった地へ訪問

2、3日前に仕事で子供の頃に住んでいた地域の近くまで行ったため、仕事が終わった後に旧実家のあった集合住宅(団地)に行ってみた。昭和のいわゆる「マンモス団地」の一角で、私が住んでいた棟、私が住んでいた部屋の前まで行ってみた。


ほとんどの棟は残っていたのだが、私の住んでいた棟は完全に立て直されてしまっていて当時の面影は全くなく残念だったのだが、周りの風景は変わらない。私の住んでいた部屋の付近に立ち周囲を見渡して思わずハッとした。

この地を離れてもう20年以上になる。でも当時の風景が残っていた。間違いなく幼い頃に毎日見ていた風景がそこにはあった。どんな感慨なのか言葉にできないが、頭の中が空になり、しばらくその風景の中に入り込み時間が経つのを忘れるような気持になった。


初心に帰る導きか? 今一番大事なものは何?

20年以上、その間に転職、結婚、子供の誕生、4回の異動、父の他界、祖母・母の介護、祖母・母の他界、本当にいろいろな事があった。50代にして転職を意識したこのタイミングに、この地に行く用ができたのは偶然だったのだろうか。それとも初心に帰るよう何かが私を導いているのか。知る術もない。。


現状、「転職」が唯一私のモチベーションを支えていることは間違いない。家族を支えて行かなくてはいけない収入面での事情もあるので安易な条件で転職はできないが、転職を大きな選択のひとつとして今後は活動していくことになる。現職場でのモチベーション維持が難しいが、もはや心は今の会社の外に向いてしまっている。


2024年3月19日火曜日

父命日の墓参り 18年目に思うこと

思い起こすこと18回 父が倒れてから亡くなるまで

昨日が父の命日。毎年の事であるが「倒れた日」の3月14日から「亡くなった日」の19日までは私の中で当時の回想が優先される。特にそうしようと思っているわけではないのだが、頭の中に蘇ってしまうのだ。

今年も例外なく父が倒れたあの日、泣きながら電話をしてきた母の声から始まった一週間を日々思い出し、今日、墓参りに行って来た。


お彼岸の休日 家族連れを見て思うこと

春のお彼岸の時期でもあり、春分の日でもある今日はいつもと違った。人が多いのだ。当然、車も多い。

平日に墓参りに来る時は誰にも会わないこともあるのに、今日は「人だらけ」で少々戸惑った。特徴的なのは「家族連れ」が多いことだ。幼い子供を連れてのお参りが多い。子供たちは手桶、柄杓を持って駆け回る・・そんな姿を見て癒される私がいる。


墓参りの後に ちょっと豪華なお昼ごはん

かつてはウチもそうであった。墓参りは家族で来て帰りに少し豪華なお昼ごはんを食べて帰る。そんなルーティーンがあった。元気な子供たち見て喜ぶ母親、その母親の車椅子を押す私。何年続いただろうか。そんな時期が確かにあった。


そんな子供たちももう19歳と14歳。親とは行動したくない年頃でもあり、最後に一緒に墓参りに来たのは2年前だったか。母は亡くなり、墓参りはもっぱら私一人で来る。父が亡くなって18年。そんな月日を含むくらいの月日が流れたのだ。


きれいな花を見ながら感じる月日の流れ

近年はほぼ毎月墓参りに来ているのだが、3月以降は霊園内の草木がきれいでそれを見ることが楽しみになる。今日はまだまだ咲いている花など少なかったが、小さな梅が目を引いた。


午前中は天気も良く、墓参り後は少し霊園内を散策した。来月はきっときれいに桜が咲いていることを期待したい。

過ぎてしまえばあっという間に思える18年。もう定年退職まで「あと〇〇年」と数えるような歳になってしまった(汗)。今日は長男はバイト、次男は部活、家内はパート。今度、家族で墓参りに来るのはいつだろうか‥それとも、もうそんな日は来ないのだろうか‥今度墓参りに来る時は長男が運転する車に乗って来るのか‥月日の流れをひしひしと感じながらの今日の墓参りであった。

2024年1月17日水曜日

燃え尽き症候群か ここ数日やる気が起きない

急に来た無気力 何もやる気が起きない

先週の金曜日だった。新しい職場で初めてフルに一週間過ごした後の事。退社して帰路についた時ふと思った。


何もする気にならない。

全身の力が抜けた感じだった。行動する意欲がない。動作ひとつ起こすことも面倒に感じる。。帰りの通勤電車に乗り、座ったところですぐに眠ってしまった。

異動したばかりである。もちろんすぐにバンバン仕事が来るわけではない。気疲れはおおいにあるが、定時帰りの一週間。身体は全く疲れていない。でも全く気力がないのだ。


自由で楽しい週末になるはずが

家に帰り、入浴と食事を済ませ、寝るまでにはまだ時間がある。しかも土日は休み。自宅持ち込みの仕事もない。。釣りに行く準備してもよさそうなものだったが何もしない。ただネット配信されているアニメをボーっと見ていた。

そしてそれは土曜日、日曜日も続いた。

食事、ネットアニメ、食事、ネットアニメ、入浴、食事、ネットアニメ・・。

それでも日曜日は注文していた浴室のブラインドカーテンが納品されたので古いものと交換するなどの行動はしたのだが、それでも基本は食事とネットアニメの繰返し・・。ボーっとしている。アニメをボーっと見ている。とにかく何もやる気が起きないのだ。


燃え尽き症候群か 仕事はするのだが・・

でも、会社にはきちんと行き、普通に仕事をする。職場の人間関係も今のところは問題ない。この一週間に関して異動後の職場の出来事は順調だった。


では私の中で何が起こったか。

燃え尽き症候群・・と言っていいのだろうか。「異動」がようやく一段落ついて力が抜けててしまったようだ。

11月中旬に言い渡された異動。

通常の業務に加え、引継ぎ業務が加わり、さらに1月以降でいいと思っていた案件をいくつかを12月中に終わらせなければならない・・なんていうこともあり一気に立込んだ。以降は休日返上で突っ走った。


立込みが一気に解消 急にできた時間

昨年の暮れは年末年始休暇がいつもより早く始まる予定だったが3日間出勤日を延長。休みに入ってスッキリするつもりでいたが、やはり心のどこか緊張が残っていたようだった。

その結果なのだろう。


異動確定から始まり、業務整理、挨拶回り、送別会、お礼品の買い物、身の回りの整理・・送別会など送ってもらう立場なのだが、やはり普段と違う神経を使う。そして新職場への慣れない出勤、挨拶回り、新しい業務への対応・・要は普段やらないことだらけの2ヶ月だった。

そして、そんな非日常の日々がようやく一段落ついた時に・・

「ストーン」と何か落ちる感覚を感じた。そして今に至る。


ひとつずつ考え ひとつずつ実行

別に仕事にやる気が無くなったわけではない。新職場にイヤな人間がいていきなりストレスが発生したわけでもない。「一段落」以外に理由がない。ホントに「ストン」と何か落ちたように何もやる気がなくなった。


これからどうしようと考えることも面倒に感じる。普通に会社には行く。でも何となく行動することが億劫なので、こんな時は「ひとつずつやる」方法で行こうと思う。

何でも先々考えず「ひとつずつ考え」「ひとつずつ実行」する。調子の悪い時の私のやり方である。

例えば朝起きる時こんな風に考えながら行動する。

目が覚めたら「まず布団から出る」「次に部屋の電気をつける」「次に血圧を測る」・・こうして、ひとつずつ考え、ひとつずつ行動する。こうすると不思議とストレスなども湧かない。

2024年はいきなりこんな感じになってしまったが、焦らず進んで行こうと思う。


おとうさんの休日 転職後初めての釣り紀行

休止していた趣味の釣りを再開  4連休2日目。介護職に転職後、初めての釣りとなりました。約1年半ぶり・・。やっぱり昨年は気持ちの部分でも休暇日程の部分でも釣りに行くゆとりがなく、結局、趣味で月2回くらい行っていた釣りを1年以上休止してしまっていました。 今後も月2回は難しいですが...