2021年4月25日日曜日

生涯サラリーマンとして生きる人生 なぜそう決めたか

サービス残業 ブラック企業 社畜 言い方はいろいろ

今月は25日が日曜日なので毎月の給料は23日に支給される。降格処分となってから初めての給料日である。給与明細の「等級手当」がしっかり減額されていた。。


2ヶ月程前から新規の仕事も加わり、最近は残業の連続。でも残業手当など認められずサービス残業の日々。。勤務時間外に職場に残っているだけでも邪険にされる。やむなく仕事は家でやる。会社は「イヤならいつでも辞めてくれていい」と言わんばかりの仕事の振り方。要するに膨大な量の仕事を残業なしでやっている「フリ」をする。

こんな会社を「ブラック企業」。こんな社員を「社畜」と呼んだりするのだろう。今はそんな心境である。

では、そんな会社ならなぜ辞めないのか?


会社に残りたいと思った私の副業体験

「会社を辞めて起業するような実力はない」とか「家族を支えるため」とか「安定した生活のため」とか理由はいろいろある。膨大なサービス残業や人的ストレスがあったとしても、総合的に考えるとサラリーマンでいた方が気が楽なのだ。。最近はそんな風に考えられるようになった。

それは、ここ2~3年で私がしたある体験が、上記の世間的な超ありふれた考え方を決定付けたのである。


私はかつて、インターネットビジネスに没頭した時期があった。「没頭」と言っても副業のレベルである。今の会社に勤務しながら、平日の夜や休日の時間を使って取り組んでいたのである。ダラダラと10年程やっていたが‥。

10年もやっていると、たまに「おかしなクライアント」に遭遇してしまう場合もある。簡単に言えば理不尽な要求をしてくる人間だ。それまで何度か「少しおかしいな‥」レベルに遭遇したことはあったのだが、1年前に本格的な違法まがいのクライアントに出くわしてしまったことがあった。

その時は、いわゆる「クライドソーシング」でライティングの仕事を受けたのだが、下記のような経緯から1回の仕事だけで継続受注は断った。後日、そのクライアントからは「不満足」の評価を受けた。

・「お金が儲かる極秘セミナーの誘い」という類の文書制作

⇒明らかに悪徳セミナーである

・クライアント指定のチャットで直接私と連絡させる

⇒私(受注者)との連絡内容を秘密裏にする

・業務以外の調べものや関連資料閲覧の指示が「チャット」で来る

⇒秘密裏に契約外の指示をして来る

・やたらに長期契約を求めて来る


悪徳クライアントに関わったストレス

一旦、業務契約をしてしまったので、やむなく一度だけ「記事」を書いたが、以降の仕事は断った。契約上「まずはお試し作業、問題なければ長期契約」という体だったので助かったが、「問題ありあり」「完全な黒に近いグレー」「安い賃金で労働者を使い倒す」という姿勢が見え見えだった。しかも制作する記事の内容は明らかに「悪徳セミナーへの誘い」である。


ちなみに私が「追加受注は無理」という意思を示した直後に「チャット」のすべてが消去されていた。見事な「証拠隠滅工作」である。きっと手慣れた人物なのだろう。

この時は少なからずストレスに襲われた。明らかな「悪徳クライアント」の執拗な長期契約依頼。断ればどんな行動に出てくるか想像もできない。。当時、ゴールデンウィーク前だったが、強引に示して来たGWの作業予定‥「儲かりますよ」を殺し文句にツメツメの作業を提示して来たが‥あんな仕事受けていたら‥と思うと背筋が寒くなる。

意を決して長期契約を断って本当に良かったと思ったのだ。。その間、たった2~3日だったが、そのストレスは計り知れなかった。


変なお客から会社は守ってっくれる

このことは、何もインターネットビジネスだけに起こる事ではない。どんな仕事でも「困ったお客」はいるものである。私が勤務する会社であっても「変なお客」にはよく遭遇する。私自身も電話越しに理不尽に怒鳴られたことも何度かある。。


副業で「悪徳クライアント」に遭遇することと、会社で「変なお客」に遭遇すること‥一見大して変わらないように思える。ごく少数存在する「変な人」「悪徳業者」にあたってしまっただけで。「ツイテない」だけのことであるが‥。両者の間には決定的な違いがあった。それは、こちら(自分)のことだ。。

会社での出来事は背景に会社の存在がある。いざとなれば同僚が、上司が、法律が助けてくれる事だってあるだろう。しかし、副業(独立して起業した場合も同様)の場合はそうは行かない。自分が対応しなければならない。自分でカタを付けなくてはいけない。法律は味方してくれるだろうが、その法律をどのように適用するのか‥これもまずは自分で動かなくては話にもならない。。要するに「守ってくれる人」はいないのだ。。

もちろん「悪徳クライアント」に遭遇するケースなど稀である。しかし、一度遭遇すれば、弱みを握られれば、恨みを買えば‥執拗に付きまとって来るだろう‥こちらが個人で弱い立場であればなお更である。そんなケースは稀であるが、いざ遭遇すればそのストレスは計り知れず、下手をすれば悪徳クライアントに屈してしまう事だってありえる。「屈する」とは命を落とすまで働かされるか「仕事」の名の下に犯罪に加担するようなことである。。


私にはなかった 悪徳クライアントと交わる覚悟

今どんなにサービス残業させられていても、職場に気に入らない人間がいても、会社の中にいる限り上のようなストレスに晒されることはない。どうしようもなければ仕事の量も相談はできる(まぁ‥相当な嫌味は言われるだろうが‥)。


私もある時期「会社がイヤでたまらなくて」独立・開業しようとしたことがあった。そもそも「会社がイヤで‥」は通用しないことも分かっていたが‥あの時本当に実行していたらと思うと‥いまでも背筋が寒くなる‥。独立自体はできるのだろう。がんばれば高収入も夢ではない‥そう‥夢が見れる!ドロドロして閉鎖された会社の中で社畜として生きるより大いなる夢を見られる‥

でも、世の中は良い人間ばかりではない。悪徳クライアントに遭遇した時に、強く、うまく立ち回っていけるのか‥私にはその覚悟がなかった。。そこまでして「独立・開業」したいとは思えなかった。

これが、私が「生涯サラリーマン」を受け入れた理由である。50歳にしてようやく‥。

サービス残業、人的ストレスの日々ではあるが、破産や犯罪まがいのストレスに比べれば「子供の悩みレベル」である。。休日返上でも「仕事が終わる時間」はある。それは仕事やストレスから本当に解放された完全な自由な時間。。そんな時間を得られることを有難いと思うべきなのかもしれない。

生涯サラリーマン。。そんな生き方で私はたぶん後悔しない。


2021年4月20日火曜日

母が他界して半年 本当に早いものだ

残業、休日返上、忙しい日々が続く中で…

最近、新しい仕事を引継いだ関係で急激に忙しくなり、休日返上、仕事持ち帰り、在宅勤務時も23時頃まで残業…などという日々が続いている。

先月も1回8連勤があったのだが・・先週からまた8連勤。4月から降格の上に仕事は追加。モチベーションなど上がるはずがない。。私が喪中であるなど既に誰一人覚えていないのだろう。ロクな事のない春を迎え、気分は冴えない。でも思うところあり会社は辞めない。この辺の理由は長くなるので別の機会に記事にしたい。

今日は8連勤後に久々の休暇のはずだったが、午前中は自宅で仕事(泣)。ようやく一区切りついたところで、やっと…やっと午後は休暇にできた(泣)(泣)。


母が他界して半年 本当に早かった半年

ふと思うと今日は20日。父や母の月命日だった。母の他界からとうとう半年経ったのだ。。ここ半年、月命日前後には必ず墓参りをしている。今日は天気も良かったので、墓参りに出掛けた。

コンビニで昼食を買い、霊園内にあるミニ公園で食べることにした。ウチのお墓はいわゆる「墓地」という感じではなく、広大な敷地の公園のような環境の中にある。敷地も山ひとつがそのまま霊園になっているようなところで、園内は車も走れる。そんな環境なので小さな子供たちのためのミニ公園のような施設がいくつもある。


ここで日に当たりながらのんびり昼食を食べ、ベンチで少し昼寝させてもらった。。平日の昼間…また、4月であるということもあるのだろうか、今日は本当に誰もいなかった。清掃員のお兄さんを見かけたくらいかな…。風もなく暖かく広々した敷地に私一人…思いもよらないところに「贅沢」が転がっていた。墓参りに来たのだけれど…


思わぬ場所にあった静かな贅沢

冒頭にも書いたが、最近、急激に仕事が忙しくなり、それなりに不満も積もり殺伐とした日々の連続であったしこれからも続くであろう…。ここしばらく「ストレス解消」の手段は「釣り」だったが、残業に明け暮れて釣りに行く時間をも失い、これも高レベルのストレスを感じている状況であった。そんな喧騒やストレスをを忘れさせてくれるような時間だった。

ちなみに、あまりにも天気が良く、清々しい風景だったので思わずパチリ。。


思わぬ形でたくさんの日光を浴び、短い時間で気分転換ができた。墓参りに来たおかげだ。亡くなってもなおこんな充実した時間を与えてくれる父や母に感謝しなければならない。そんな風に素直に思える時間だった。


2021年4月3日土曜日

緊急事態宣言解除 コロナ感染者増加 外出をどこまで非難できるか

ご褒美の寿司とサッカー観戦は油断か?

入社・退職・入学・卒業・異動・春休み…いろいろある時期である。加えて今年は緊急事態宣言の解除が3月の後半にあった。ウチの場合、今年に関しては子供たちも含めて大きな動きはなく、私が4月1日付けで降格になったくらいだ。

職場内でも人の動きや業務引継ぎなどがいくつかあり、少し変わった‥という感じではあるが大変動というわけでもなく概ね静かな春先となった。

ウチではたまたま長男(高校2年)と次男(小学6年)がそれぞれ英検に合格。「寿司を食べたい」というので、日曜日にご褒美と称して久し振りに「回転していない寿司」を家族で食べに行った。


当然ながら激しくウマイ!子供たちも満足気で「よいご褒美」になった。

そして、次の日曜日、延び延びになっていた次男とのサッカーに行く約束をようやく果たす事ができた。


座席は「2~3人飛び」「声出し声援禁止」の警戒態勢。でもやはり開放感が違う!リアル感が違う!!天気はあまり良くなかったが十分に楽しむ事ができた。このご時世に2週連続で日曜日外出。。「油断」と言われても仕方ないかも知れない。

しかし、3学期は長男、次男とも学校の成績も好調。英検にも合格。。親としては何か報いてやりたい。子供たちも大きくなり、最近は物を欲しがるということも無くなって来たので、せめてウマイものでも食べさせてやりたい…。

サッカーにしても、サッカー観戦自体は1年半ぶり、子供を連れてどこかに出掛けるのも昨年の夏休み以来…。「回転してない寿司」「サッカー観戦」が2週続いてもいいだろう…春休みだし…。という判断である。。決して油断ではない!…と思いたいモノである。

年度末と年度始まり 浮かれる街中の空気

3月31日と4月1日。私は在宅勤務ではなく職場出勤だった。職場の周りは「ザ・都会!」という場所なので、世間的な空気感がよくわかる土地柄である。両日とも仕事帰りは、かなり街中が浮かれた空気になっていた。



歓送迎会、入学、卒業に関わる会などが催されているのだろうとすぐに察しが付く、飲み屋の前を通れば決して少人数ではない大きな笑い声が聞こえる。

そりゃ感染するわなぁ・・・・・・。

世間的にコロナ感染の大きな原因のひとつは「会食」と言われているし、私自身もそう思っている。狭いテーブルを囲んで、面と向かって話して食べているのだから、唾液や飛沫の行き来がないわけがない。。3月31日と4月1日はそんな「騒ぎ」を横目に見ながら家路に着いた。

送別会を批判できない自分がいる

結論から言えば、私は「歓迎会」は批判できるが、「送別会」はちょっと批判し難い気がする。。前者は人間関係も薄く「これからがんばりましょう」「これから仲良くして行きましょう」という会である。今のご時世にキャンセルして何も問題もないと思える。


しかし「飲んで騒ぎたい」のか「主催する者が自分の力(影響力)を示したい」のか「新しい出合いを求めて」なのか分からないが、4月1日に「歓迎会」的な空気でノリノリの連中をたくさん見掛けた。コイツらは十分に批判されていいと思う。

逆に私は「送別会」をあまり批判できない。数日前に厚生労働省の職員が宴会を行っていたという報道があったが、確かに「23人」は多過ぎである。この辺、人数的にコントロールできていない部分はトコトン非難されるべきではあるのだが・・・・・。

送別会は「今まで頑張ってくれてありがとう」「お世話になりました」「これからも頑張ってください」などなど、ある意味職場の「功労者」を労い、感謝の意を伝える会でもある。一堂に会して送り出すことには、社交辞令だけでなく、人としての繋がりという点を考えると一概に批判してよいものかどうか…。発起人や幹事の方の心意気を考えると複雑である。

このご時世を理由に「送別会は見送り」「気持ちと贈り物だけで…」とするのも難しい状況、人間関係があっても仕方ない…のかも知れない。

コロナとの葛藤は終わらない

冒頭に書いたように、私自身も子供を連れて外食しサッカー観戦に行った。これらもここ1年の引きこもり状態を鑑みての行動であった。これらを非難されても困ってしまう。

数日前から、また「感染者増」が目立ち始めて来た。残念ながら「第4波」は避けられないのであろう。ワクチン接種の効果が優性となり「コロナ終息」となる日は本当に来るのだろうか?本当に東京オリンピックは開催されるのだろうか?私を含め私の家族はこのままコロナに感染せずに過ごして行くことができるのであろうか?そもそもウチに予防接種の連絡は来るのだろうか?

今年ももう4月。コロナと葛藤する日々はまだ続きそうである。

父命日の墓参り 18年目に思うこと

思い起こすこと18回 父が倒れてから亡くなるまで 昨日が父の命日。毎年の事であるが「倒れた日」の3月14日から「亡くなった日」の19日までは私の中で当時の回想が優先される。特にそうしようと思っているわけではないのだが、頭の中に蘇ってしまうのだ。 今年も例外なく父が倒れたあの日、泣...