2021年10月23日土曜日

新車購入が決定 愛着ある車への感慨

今日、新車購入することが決まった

ここ数年来は2年に1回、車検のたびにディーラーさんから強い営業が掛かってたがテキトーにかわし、のらりくらりやって来たが、11年目の車検を前に、とうとう修理費用が自分の考える限度を超えて来たので新車購入に踏み切ることにした。


11年の付き合いとなった車への感慨

子供たちの幼少期に重なった11年だったため、恐らく私の人生の中で最も多く子供たちと乗ったマイカーになることは間違いない。ただ、それと同時に祖母や母を乗せて走った事の方が多かったと思われる‥少し違う感慨があるのだ。


祖母や母を病院に連れて行く‥。通常の通院だけでなく、病院から病院への転院、老人ホームと病院の往復、背骨を圧迫骨折した母に痛み止めを飲ませて乗せたり、救急車で運ばれた病院に入院拒否されて夜中に別の病院へ連れて行ったり‥

「お墓の改葬」のために母方の先祖代々の「お骨」を車に乗せて運んだこともあった(汗)。。

母の他界との不思議なタイミング

今年の9月1日付けで、それまで8年勤務して来た職場から「異動」となった。何か妙なタイミングを感じているのだが、8年前、その職場に異動した直後に母の体調が急変した。そして、昨年母が他界‥その9ヶ月後に異動命令‥。


車の事にしても同じようなことが言える。私の場合、車への関心は薄く、「実用品」としての意識しかないため、流行の先端を目指したり、ちょっと人と違う趣向に走ったりなどする考えがない。なので、一度購入した車は何年でも乗り続けるつもりでいたのだが、上述したように、修理費用が限度を超えて来たので新車購入へ考えが変わって来たのだ。

もちろん、今の車は11年前、母とも少し相談し「今後、病院などへの送り迎えが頻繁になるだろうから‥」ということで少々車高の高い車を母と折半で購入した経緯はあるのだが、決して母が亡くなり、母の用が無くなったから買い替える訳ではない。内蔵のCDプレーヤーが故障し修理に10万近くかかる‥というところから「ここらで限界(修理費用が)」と考えたのである。

「異動」と「新車」‥生活の中で決して小さくない要因がほぼ同時に大きく変化するタイミングが‥母の他界と妙に一致することが不思議でならない。

家族の新体制 さらに変わる生活環境

これは意図的に行ったものではあるが、今年は家の中のリフォームも行い、台所の完全入替えと家族4人が全員「部屋移動」をした。引越し業者を呼んでの一大イベントだった。


「異動」と「新車購入」そして「リフォーム」と、大きく生活環境が変わった。大袈裟な言い方だが、「新体制」となり、来年からは子供たちの「進学」の問題が2年連続して発生する。

本当にいろいろあるものだ。。それこそ体調を崩しているヒマなどない。新車購入を機にそんな感慨が頭を過った。


2021年10月16日土曜日

一周忌 とうとう1年経った 大きく変わった生活環境

一周忌法要と何となくの区切りと考えた1年後

>死に目には会えませんでした。

>でも、これまでのいろいろなことを考えれば後悔はありませんでした。

>母の介護・見守りに費やした6年半は本当に長かったからです。

この気持ちは1年経った今も変わりませんでした。とうとう1年経ちました。昨日、一周忌の法要を無事行う事ができました。


特に根拠はないのですが、遺品整理や自宅の使い方の見直し(二世帯から一世帯へ)などを考え、「1年」を何となくの区切りと考えて来ました。

そして、とうとう来ました。1年後。。本当に早かったこの1年でした。

予想外の変化 職場異動が生活を大幅に変えた

この1年で予想外だった出来事は「職場異動」でした。思いもよらぬ事だったので、異動後もしばらくは何だか実感も湧かない‥そんな毎日でした。9月1日付けでの異動。1カ月半程が経過し、今の職場にも少しずつ慣れてきたかな‥。

詳細は避けるが「在宅勤務あり」の前職場から「在宅勤務なし」の職場への異動。職種も変わり、職場環境は激変!やはり私はサラリーマンである‥ということが実感される。。職場の変化が生活の変化に直結しているから‥。

緊急時から平常時へ

母が本格的に体調を崩してからは「緊急事態」の連続でした。心情的には「容態が悪化しても小康状態が続くことで平常な生活を取り戻せる日がいつかは来るだろう」などと考えていたが、結局、そんな日を迎えることはありませんでした。


容体悪化‥落ち着いたかな‥と思うとまた一段容体悪化‥また落ち着いたかな‥孫(私の子供)たちとご飯でも食べに行こうかな‥と思った矢先にまた容体悪化‥こんなことの繰返し‥。

でも、今回は違う。もう容態は悪化しないから。事実上はもう平常になっているのだろうが、一周忌を終え、喪が明けた日からを「平常」と考えるようにすることにした。ひとつの区切りである。緊急時はこれで終わり。

亡くなった後も与えてくれる恩恵

一周忌の法要後は家族で外食。久し振りの家族そろっての外食。子供が成長するにつれて親とは行動したがらなくなる‥当然のことであるし、それが成長の一端であるのだから仕方ない。日常ではほとんど話すこともなく、ましてや行動を共にすることなど皆無。

そんな子供たちも「一周忌」は協力的だった。

どこかで聞いた言葉ではあるが、亡くなった母が「バラバラになりつつある家族を、時折、一堂に会するよう導いてくれている」ことを実感せざるを得ない。

亡くなってもなお、恩恵を与えられている。。親子とはそんなモノなのだろうか。

改めて感謝である。


2021年10月9日土曜日

投げ釣りもかなり定着 あー釣果が欲しい

朝焼けの幻想的な風景を満喫

今週は土日連休。天気も潮見も良かった(中潮)ので釣りに行った。最近は休暇の日も「ホント休める」のでありがたい。またいつ「休日返上の仕事」の状況にならないとも限らない。「行ける時に行っとけ(釣りに)」感も少しある事は否定できない(笑)。

今日は天気が良かったので、朝の風景も格別だった。今や「何度も見た風景」なのだが、何度見ても飽きない。何度見ても見入ってしまう光景だ。


また、今日は、上の写真の30分後くらいに、キレイな雲の光景が印象的だったのでスマホでパチリとしておいた。


竿が折れた! いきなりのハプニング!

幻想的な風景の中、いい気分で釣りを開始した矢先のことだった。10分も経たず(2投目)に「根掛かり」発生!

風景に気を取られ、頭の中から消し飛んでいた注意事項がいきなり発生!僅か2投目の出来事だったこともあり、少々イラついてしまった。。組んだばかりの仕掛け‥買ったばかりの仕掛け‥何とか回収したいと気ばかり先走り何度も竿を強く降る‥最後は「バキッ!」っと音がして「ジ・エンド」・・・・・。

「仕掛けの回収」どころか「竿が折れる」という最悪の事態となってしまった。


仕掛けと共に1m程の折れた竿先までも海に沈めてしまった罪悪感・・・。本日2投目で買ったばかりの仕掛けを早速失ってしまった喪失感・・・。時計を見ればまだ6時・・・。とてつもなくヘコんだ気分になったが、ここは落ち着いて立て直すことにした。

幸い、島内の釣具屋さんでは竿も売っていたので、1,500円で購入して再スタートした。

定着して来た釣りスタイル

大して釣れないのに「定着して来た」もどーかと思うが。。「定着」の理由はふたつほどある。


一つめは仕掛けの組み立てにほとんど時間が掛からなくなったこと。

竿が折れ、新しい竿を買いに行き、戻って来て再び準備を始める・・・。昨年の今頃(海釣りを始めて間もない頃)であれば1時間以上掛かったかも知れない工程が、今日は20分程度で済んだ。善し悪しは別として「復旧」に時間が掛からなくなった。

二つめは「アオイソメ」の付け方のコツが掴めて来たこと。

専用の「ツマミ用具」を購入し、暴れるアオイソメを抑えて頭部から針を通せるようになった。お陰で「1回投げて回収するとアオイソメが完全にいなくなっている」という事態が回避できるようになった。仕掛けを投げた時に「アオイソメが針から取れてしまっているのでは‥」という不安がなくなり、気分的に落ちついて釣りができるようになった。

目標が釣果になって来たこの頃

海釣りを始めて2シーズン目。最初の目標は「場所取り」だった。土日ともなると朝3時に起きて5時には釣り場に着かないと釣り場所を確保できないのだ。。

その後、潮見や季節、サビキ釣りや投げ釣りなどの釣り方、糸の結び方や釣った魚の締め方、運搬方法、捌き方、毒魚の見分け方などなど、結構知るべきことが多いことが分かり、何となくその日の釣果に拘りが薄かったのだが・・。


最近はいろいろと慣れて来て釣果に関心が行くようになってきている。ただ、だから釣果が上がる‥というわけではないところが残念だ(涙)。

今日も4、5匹の魚が釣れたが、写真のヒイラギ以外はフグだった。ヒイラギも3cm程の稚魚だったためリリース。。結局、釣果なしである。。。

でも、前述の通り、投げ釣りも定着し始め、アオイソメの付け方の問題も解決の方向で、今日は本当にじっくり充実して釣りができた(ハプニングもあったけど‥)。

寒くなるまであと2~3回くらいだろうか。。今シーズンもなるべく多く釣りを楽しみたいものである。


2021年10月3日日曜日

異動から一ヶ月 今思うこと

休日返上で突っ走った9ヶ月

職場異動となって一ヶ月が経った。先週、今週と休暇がホントに「休み」になっている。家で仕事をしなくてもよいのだ。こんな状況になるのは今年の1月以来である。

上司の仕事の割振りが悪かったのか、私の効率が悪かったのか‥今となってはもはや分からないが、今年の1月からとある業務を引き受けてからはとにかく仕事仕事‥休日返上で突っ走った感じだ。

結局、異動後も仕事が残り、異動先の業務に加え、異動前の職場の業務を重ねて行う事となり、少し肩身が狭かったが‥そんな生活も9月中旬には終え、ようやく前の職場との縁が切れた。

夢を見ているような妙な感覚

今回の異動は、簡単に言えば出戻り。「元いた事業所」から出て7年半「先の事業所」で勤務した後に戻って来たのだ。


全く異なる部署への配属のため、出戻り感はほとんどないが、事業所にいる社員の半分くらいは「知った顔」なので、人間関係的にも馴染みやすかった。

しかし、現実は「年下の上司」「年下から業務を教わる」状況は避けられなかった。。世間的にはリストラとも思える異動だが、「年下に頭を下げる‥」なんてことはもう慣れてしまった。。先の事業所では7年半そんな状況だったし。。。

特に希望したわけでもない、ストレスが多いながらも先の事業所でずっと過ごして行くモノだろうと腹を括っていたところでの「古巣への異動」。事業所そのもの、事業所周りや通勤時の風景などなど‥馴染んだ職場に立ち、馴染んだ空気に触れているからだろうか‥一ヶ月経った今でも何だか夢を見ているような感覚なのだ。

徐々に戻る人間関係の感覚

どこの世界にもいる。大人であれば仕方ない。。そう割り切ってはいるが、7年半前の記憶が徐々に戻りつつある。当時ウマの合わなかった人物がまだ残っていることに気付く。。そして、そいつは相変わらず昔のままのようだ。。あー気に食わない。。。


でも、先の職場に比べれば、そのような人物(ウマが合わない)の数が圧倒的に少ない。この話は、改めて記事にしようとも思うが、先の職場は「変わり者」「おぼっちゃん」「モンスター社員」の巣窟だったように思える。そんな人間関係の中で、毎日、尖っていた。そうでなければ、その環境で生き抜けないと思ったから‥でももう、あんな風に尖りたくはない。

人を変えるより自分が変わった方が早い

幸い今の職場ではそのような尖った感じはほとんどない。それは単に「今のところ」だけなのかも知れない。。まだ異動したばかりで「お客様扱い」なだけなのかも知れない。


時が経ち、今の職場の人間関係にどっぷり浸かった時、また以前のようなドロドロした尖った感覚に陥るかも知れないが‥できればそれは避けたい。。

なら、どうすればいいか‥

気に入らない人物にガチでケンカを売るよりも‥

自分が変わる‥それが得策かもしれない。。

会社は「友達を作る場」ではなく「収入を得るための場」なのだから、感情論は避けて「気に入らない人間ともウマく付き合う方法」を模索した方がいいように思えて来た。なぜなら、先の職場のような尖り尖った日常にはもう戻りたくないと思うからだ。

それには、相手にケンカを売って降伏させようとするのではなく、かといって媚びるわけでもなく「ウマく付き合う方法」を模索する。。それが上策かと思う。

具体的にどうすればいいか‥まだ思いつかないのだが‥。

「変わり者」を変えようとすることは至難の業である。自分が適応する生き方を考えて行きたい。


父命日の墓参り 18年目に思うこと

思い起こすこと18回 父が倒れてから亡くなるまで 昨日が父の命日。毎年の事であるが「倒れた日」の3月14日から「亡くなった日」の19日までは私の中で当時の回想が優先される。特にそうしようと思っているわけではないのだが、頭の中に蘇ってしまうのだ。 今年も例外なく父が倒れたあの日、泣...