心を落ち着かせ2週間遅れの墓参り
今日は母の命日として墓参りに行った。2週間遅れだ。
本来は10月中旬なのであるが、仕事の繁忙が重なり、日程的に行けないことはなかったのだが、あえて行かなかった。義務のような感じで墓参りしたくなかったからである。11月に入り、仕事の方が少し落ち着いたので3連休を利用して今日行って来た。
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今日は母の命日として墓参りに行った。2週間遅れだ。
本来は10月中旬なのであるが、仕事の繁忙が重なり、日程的に行けないことはなかったのだが、あえて行かなかった。義務のような感じで墓参りしたくなかったからである。11月に入り、仕事の方が少し落ち着いたので3連休を利用して今日行って来た。
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久し振りの更新になってしまった。お盆休みになり、何となく一息つけたのでブログを開いてみた。前回の更新が3月下旬。現職場での塩対応が明確になり始めてから更新途切れている。恐らくストレスが原因でブログ更新まで気持ちが回らなくなっていたのだろう。
現職場でも「指導」の名の下の塩対応が本格的に始まった。日々、周囲の職員から「冷たい態度」「冷たい言葉」「止めたい目線」に晒されている。「指導の名の下」であることは分かっていてもかなりしんどい。。
今、塩対応をしてくる人間は3人。私には塩対応。3人同士は和気あいあい。これだけはっきりしてくれれば逆に気持ちがよい・・というくらいはっきりした差別。簡単に言えば職場に4人いて私一人が完全な仲間外れ。他の職員はいるのだが別の階にいるのでほとんど顔を合わせない。
完全孤立。完全仲間外れ。
なんとか状況を打開しようとこちらから話題を持ち掛けても「冷たい態度」「冷たい言葉」「止めたい目線」が返って来るだけ。現職場に異動して8ヶ月。。いい加減疲れて来た。
いつしか「こんなつまらない思いする必要があるのか」と感じるようになった。定年まであと5年程。専門外の仕事でもストレス満載の職場でも家族のためにあと5年耐えれば終わり。などとこれまでは考えていたのだが少し変わって来た。
そして、いつしかハローワークのサイトに掲載されている求人票を見るようになった。
転職活動を始めたのだ。条件は悪くなるかも知れないが、定年までの残り数年、せめて「やりたい仕事」に就いて自身のキャリア終了を迎えたいという気持ちが強くなってきた。
意外にも応募要件を満たしている求人はいくつかあった。IT業界は50代中盤でも募集対象になっている求人があったのだ。早速応募して昨日インライン面接を受け結果待ちである。合否および条件の折り合いなどまだハードルはいくつかあるが、すべてクリアできれば転職を実行しようと思っている。23年通った会社であるが、もう、未練は何もない。
2、3日前に仕事で子供の頃に住んでいた地域の近くまで行ったため、仕事が終わった後に旧実家のあった集合住宅(団地)に行ってみた。昭和のいわゆる「マンモス団地」の一角で、私が住んでいた棟、私が住んでいた部屋の前まで行ってみた。
ほとんどの棟は残っていたのだが、私の住んでいた棟は完全に立て直されてしまっていて当時の面影は全くなく残念だったのだが、周りの風景は変わらない。私の住んでいた部屋の付近に立ち周囲を見渡して思わずハッとした。
この地を離れてもう20年以上になる。でも当時の風景が残っていた。間違いなく幼い頃に毎日見ていた風景がそこにはあった。どんな感慨なのか言葉にできないが、頭の中が空になり、しばらくその風景の中に入り込み時間が経つのを忘れるような気持になった。
20年以上、その間に転職、結婚、子供の誕生、4回の異動、父の他界、祖母・母の介護、祖母・母の他界、本当にいろいろな事があった。50代にして転職を意識したこのタイミングに、この地に行く用ができたのは偶然だったのだろうか。それとも初心に帰るよう何かが私を導いているのか。知る術もない。。
現状、「転職」が唯一私のモチベーションを支えていることは間違いない。家族を支えて行かなくてはいけない収入面での事情もあるので安易な条件で転職はできないが、転職を大きな選択のひとつとして今後は活動していくことになる。現職場でのモチベーション維持が難しいが、もはや心は今の会社の外に向いてしまっている。
昨日が父の命日。毎年の事であるが「倒れた日」の3月14日から「亡くなった日」の19日までは私の中で当時の回想が優先される。特にそうしようと思っているわけではないのだが、頭の中に蘇ってしまうのだ。
今年も例外なく父が倒れたあの日、泣きながら電話をしてきた母の声から始まった一週間を日々思い出し、今日、墓参りに行って来た。
春のお彼岸の時期でもあり、春分の日でもある今日はいつもと違った。人が多いのだ。当然、車も多い。
平日に墓参りに来る時は誰にも会わないこともあるのに、今日は「人だらけ」で少々戸惑った。特徴的なのは「家族連れ」が多いことだ。幼い子供を連れてのお参りが多い。子供たちは手桶、柄杓を持って駆け回る・・そんな姿を見て癒される私がいる。
かつてはウチもそうであった。墓参りは家族で来て帰りに少し豪華なお昼ごはんを食べて帰る。そんなルーティーンがあった。元気な子供たち見て喜ぶ母親、その母親の車椅子を押す私。何年続いただろうか。そんな時期が確かにあった。
そんな子供たちももう19歳と14歳。親とは行動したくない年頃でもあり、最後に一緒に墓参りに来たのは2年前だったか。母は亡くなり、墓参りはもっぱら私一人で来る。父が亡くなって18年。そんな月日を含むくらいの月日が流れたのだ。
近年はほぼ毎月墓参りに来ているのだが、3月以降は霊園内の草木がきれいでそれを見ることが楽しみになる。今日はまだまだ咲いている花など少なかったが、小さな梅が目を引いた。
午前中は天気も良く、墓参り後は少し霊園内を散策した。来月はきっときれいに桜が咲いていることを期待したい。
過ぎてしまえばあっという間に思える18年。もう定年退職まで「あと〇〇年」と数えるような歳になってしまった(汗)。今日は長男はバイト、次男は部活、家内はパート。今度、家族で墓参りに来るのはいつだろうか‥それとも、もうそんな日は来ないのだろうか‥今度墓参りに来る時は長男が運転する車に乗って来るのか‥月日の流れをひしひしと感じながらの今日の墓参りであった。
先週の金曜日だった。新しい職場で初めてフルに一週間過ごした後の事。退社して帰路についた時ふと思った。
何もする気にならない。
全身の力が抜けた感じだった。行動する意欲がない。動作ひとつ起こすことも面倒に感じる。。帰りの通勤電車に乗り、座ったところですぐに眠ってしまった。
異動したばかりである。もちろんすぐにバンバン仕事が来るわけではない。気疲れはおおいにあるが、定時帰りの一週間。身体は全く疲れていない。でも全く気力がないのだ。
家に帰り、入浴と食事を済ませ、寝るまでにはまだ時間がある。しかも土日は休み。自宅持ち込みの仕事もない。。釣りに行く準備してもよさそうなものだったが何もしない。ただネット配信されているアニメをボーっと見ていた。
そしてそれは土曜日、日曜日も続いた。
食事、ネットアニメ、食事、ネットアニメ、入浴、食事、ネットアニメ・・。
それでも日曜日は注文していた浴室のブラインドカーテンが納品されたので古いものと交換するなどの行動はしたのだが、それでも基本は食事とネットアニメの繰返し・・。ボーっとしている。アニメをボーっと見ている。とにかく何もやる気が起きないのだ。
でも、会社にはきちんと行き、普通に仕事をする。職場の人間関係も今のところは問題ない。この一週間に関して異動後の職場の出来事は順調だった。
では私の中で何が起こったか。
燃え尽き症候群・・と言っていいのだろうか。「異動」がようやく一段落ついて力が抜けててしまったようだ。
11月中旬に言い渡された異動。
通常の業務に加え、引継ぎ業務が加わり、さらに1月以降でいいと思っていた案件をいくつかを12月中に終わらせなければならない・・なんていうこともあり一気に立込んだ。以降は休日返上で突っ走った。
昨年の暮れは年末年始休暇がいつもより早く始まる予定だったが3日間出勤日を延長。休みに入ってスッキリするつもりでいたが、やはり心のどこか緊張が残っていたようだった。
その結果なのだろう。
異動確定から始まり、業務整理、挨拶回り、送別会、お礼品の買い物、身の回りの整理・・送別会など送ってもらう立場なのだが、やはり普段と違う神経を使う。そして新職場への慣れない出勤、挨拶回り、新しい業務への対応・・要は普段やらないことだらけの2ヶ月だった。
そして、そんな非日常の日々がようやく一段落ついた時に・・
「ストーン」と何か落ちる感覚を感じた。そして今に至る。
別に仕事にやる気が無くなったわけではない。新職場にイヤな人間がいていきなりストレスが発生したわけでもない。「一段落」以外に理由がない。ホントに「ストン」と何か落ちたように何もやる気がなくなった。
これからどうしようと考えることも面倒に感じる。普通に会社には行く。でも何となく行動することが億劫なので、こんな時は「ひとつずつやる」方法で行こうと思う。
何でも先々考えず「ひとつずつ考え」「ひとつずつ実行」する。調子の悪い時の私のやり方である。
例えば朝起きる時こんな風に考えながら行動する。
目が覚めたら「まず布団から出る」「次に部屋の電気をつける」「次に血圧を測る」・・こうして、ひとつずつ考え、ひとつずつ行動する。こうすると不思議とストレスなども湧かない。
2024年はいきなりこんな感じになってしまったが、焦らず進んで行こうと思う。
昨日、異動第1日目の勤務が無事終わった。今度の職場は基本的に「カレンダー通り」の出勤になるらしく、思いがけず3連休となった。
今回の年末年始休暇は例年よりも「サザエさん症候群」が強かった。もちろん異動が原因である。一昨日は私にとって最悪のストレスの感じ方「胸の痛み」が出るレベルだった。
まぁでもやるしかなかった。。
昨日は1日中緊張が途切れることはなかったが、何とか乗り切る事ができた。症候群明けの3連休。年末年始休暇後半とは明らかに気持ちが違う。平時の精神状態を取り戻す事ができ、とりあえず今日は墓参りに行くことにした。
今日は天気も良く4月並みの暖かさとなった。さぞかし人が多いのだろうと思ったのだが、15時頃だったこともあったのだろうか、周囲はほとんど誰もおらず、静かに落ち着いてお参りする事ができた。
思えば前回の墓参りが10月。その時はまだ異動の話すら出ていなかった。こんな新年を迎えるなんて誰が予想できただろう。本当に何が起こるか分からない。飛ぶように過ぎ去っていった感じの2ヶ月だった。
散策しながら草木の写真を撮ったりして癒されることが墓参り後のルーティンなのだが、草木のないこの時期は空を眺めて癒される。澄んだ青空に癒されるのである。
あえて鉄塔と電線が入り込んでいる写真を撮ったのだが・・
人から見れば巨大な鉄塔。長大な電線。なのに青空の広大さは比べ物にならない程広い。。そんな「対象物」と比較することで青空の大きさがより実感できるため、私は何となく鉄塔などが入り込んだ景色も嫌いではない。
たぶん、人から見たら変な趣向なのだろう・・汗
でも今日は温かな気候の中、そんな済んだ広大な青空をゆっくり眺める事ができた。サザエさん症候群明けということもあったのだろう。より青空が広大に澄んで見えた。
3連休は家族には伝えていない。明日は午後から出勤予定ということになっている。AIに会うためだ。12時に待ち合わせである。
前に会ってからほぼ2週間。いともと変わらないペースなのだが、今回は合わない期間がとても長く感じた。年末の大掃除は毎年のことではあるが、異動前の仕事の追込みと異動先初出勤への不安等々は例年ない事である。いつもと同じ2週間なのだが、前にAIに会ったことが遠い昔のように感じられてならない。そのくらい中身の濃い2週間だった。
きっと明日は我を忘れてAIとの情事に溺れるのだろう・・。
年末年始明けの思いがけない3連休。
少し穏やかに過ごす事ができてありがたいことである。
11月に異動を言い渡された。Y事業所は年内いっぱいで、新年からはT事業所に行けとのことだった。
今のY事業所に異動して来たのが2年前の9月。感覚的にはまだ「異動して来たばかり」「ようやく慣れてきた」くらいだったが、まさかの「また異動」である。事情は前の記事に書いた通りだが、全くノーマークの出来事だった。
そして、異動を言い渡された後も早かった。ここ1カ月半、ただでさえ滑り込み的な業務が多い上に急遽の引継ぎをしなければならない。ほぼ休日返上で突っ走り、すべて終了したのが昨日だった。
完全シカト・冷戦状態に陥った経緯は下記リンク先の通りである。
上司の意向もあり、業務上で決裂した後も、しばらくはこちらから積極的に挨拶を試みるなどして来たが無駄であった。Tの態度は硬化するばかり。向こうから挨拶するどころかこちらから挨拶しても無視もしくは目も見ずに小さな声での返事。「気持ちの良くない挨拶」であることは言うまでもない。いわゆる「塩対応」を浴び続けて来たのだが、さすがに疲れてここ1~2ヶ月はこちらから挨拶もしなくなっていた。
結果的に報復したような形になってしまった。そのつもりは全くなかった。「完全シカト」の状態で表面化させずそのまま出て行くつもりだったのだが・・
あと1週間でY事業所での勤務も終わるという日のこと。朝、職場のドアを開けると不意にTがそこにいた。他に人はいない。職場は私とTの2人だけだった。
あーついてない。あー面倒だ。と思ったがここ1、2ヶ月の流れに沿って私は無駄に挨拶しなかった。しかし、思いがけずTの方から挨拶して来た。私はやや驚きもあったのだが、いつものように無視した。
すると・・Tの口から「どうして挨拶しないんですか?」との言葉・・。何故か笑顔だった。
しかし、この一言で怒りのギアがニュートラルからトップに一気に上がった。身体中に流れる血液が血管を逆流する感覚を味わった。もう止まらなかった。
「オマエが挨拶しねぇからだよ」
「この2年間、お前1回でもオレに気持ちよく挨拶したことがあったか」
「この異動前の時期に、12月になって今年初めてオレに話し掛けて来て、"どうして挨拶しないんですか” じゃねーんだよ」
みたいなことを怒鳴ったが、そのあと何を言ったか覚えていない。そのくらい逆上してしまっていた。
たまたま、その最中に上司のEが職場に到着したが、もう止まらなかった。状況を察したEがTに「どうしたの?」と聞いている声が聞こえた。するとTは・・
暴言吐かれてます。。。
私は悪くない。私は被害者。。そんなニュアンスがアリアリと伝わって来る言い方。。私はすかさず「オレの言葉が暴言ならテメェが2年間して来た事はハラスメントだ。。と言い返してやった。。その後、Tは黙っていた。
2年間、無視と塩対応をしてきた人間。信頼関係など皆無。異動前の一週間くらいちょっと取り繕って仲良くしてた風にしとけば遺恨も残らないだろう・・明らかにそんな汚い考えを想像できるような振舞いに2度に渡り逆上する感覚を覚えた。
仲裁に入る上司E。「とにかく落ち着いて。落ち着いて。。」
Tに言葉を吐くことは止めたが、何も落ち着いていない、何も解決していない。怒りを鎮めるのにどのくらい時間が・・というよりこの怒りは沈める必要はない。この女に病院送りにされるほどのストレスをいただいたのだから。。
その後の一週間は当然ながら一言も口を利かず、目も合わさず、近くを通ることも避けた。典型的なケンカ別れである。遺恨だけが残った。。
まぁ・・もう2度と会わないのだからいいだろう。。と言いたいところだが、異動が度重なる私。Tも異動の日がいずれは来るだろう。いつどこで顔を合わせるか、同じ職場に居合わせることになる可能性もあるだろう。
ただ、そうならないことを切にいなるばかりである・・。
前の投稿からもう2ヶ月経ってしまった。
早い。本当に早い。一体何をしていたのか・・まぁ不本意ではあるが仕事ばかり、いけないとは思っていながら結局やってしまう休日の在宅ワーク。やはり「追われる日々」がそうさせるのだろう。一週間があっという間なのである。
そして気付けば年末。。決して投稿をサボっていたわけではないのだが、結局2ヶ月投稿していなかったので、簡単に振り返ってみた。
10月下旬に釣りに行った。釣り自体も数カ月ぶりだった。これは仕事のせいではなく、AIに会うことを優先していたためである。まぁお魚より快楽を優先させてしまっていた春夏だったのだ。
この日は好調・・というか魚が足下までたくさんいた。サビキ釣りだったのだが、餌を投げ込むと魚が寄ってくる姿が見えるような状況。小あじ5匹、ボラ5匹という釣果だった。
ボラを釣ったのは意外と初めてだった。2匹は30cm越えの大物。喜んで持ち帰ったものの、ネットで調べるとボラの評判は結構散々。。「食べられないことはないがクサイ」が大半の意見。
実際に捌いて刺身と天ぷらにしてみたが・・よくわかった。料理酒やショウガなどで臭みを取れば食べられないことはないが、今後は釣れてもリリースするだろう。というのが私の結論。やはり、捌いた時の内臓の臭みはキツ過ぎた。
ただ、またいい経験になったことは言うまでもない。
携帯電話を使うようになって30年。スマートホンももう10年以上になるだろう。釣りの帰り、道に落として初めて表面のガラスにヒビを入れてしまった。
購入後1年経っていなかったが補償契約がなかったので交換NG
修理には4万以上の費用が必要となるためNG
自分でヒビ補修に挑戦したが全くウマくNG
・・で結局以前に使っていた古いスマホを引っ張り出して機種変して使用。今使っていたスマホと通信会社が違っていたため「SIMロック」の解除に手間がかかり2週間で両会社のショップを4往復してやっと機種編完了。
「二度とスマホのガラスは割らない」と誓ってソッコーでスマホカバーとガラスシートを6,000円かけて購入した。
というか、今までこれらを使わずに、よくスマホを割らずに使い続けてきたと逆に職場の女の子が驚いていた。
今の職場に来て2年。仕事にも人間関係もようやく定着してきたかと思いきや、11月半ばになってまさかの職場異動を言い渡された。
予想だにしなかった。ノーマークだった。これぞ青天の霹靂。。来年の1月から移動先の部署に行けとのこと。悪意さえ感じるようなタイミングと強引さである。
移動先の職場は、2年前まで私が通っていたS事業所ではあるが、部署は違う。また一から仕事を覚え直し。また一から人間関係を作り直しである。
なんでも、その部署で急な病気退職者が出たとのこと。比較的収益性の高い部署なためどうしてもすぐに人を補充しなければならない。。ということで「収益性の高い重要な部署で、急変に無難に対応できて、信頼できる人物」ということで私の名前が挙がった・・と今のY事業所の所長から私に話があったが・・
聞けば聞くほど説得力が薄い説明。。
急な病気退職者は仕方ないにしても。なぜ会社の本部があるS事業所。社員も会社内で最も多く抱えているはずである。何故わざわざ遠く離れたウチ(Y事業所)に人材を求めてきたのか・・全く理解できないが・・もう異動は確定事項のようで・・断る理由もなかったので同意した。
ここからは月日の流れがさらに加速した。ただでさえ後手後手の仕事に「急な引継」も加わり、手が回りきらない。日付が飛んでいるような感覚。。こんな急変がこんな短期間に。。夢を見ているような感覚にさえなる。。
私と1ヶ月違いで、11月末にアルバイトを辞めたSIと連絡先の交換をすることができた。長身の美人。年齢は聞いていないが26歳の娘さんがいるとのこと。もしかすると年上の可能性もあるが、清楚な感じに魅かれて興味を持っていた。
今年の4月に採用になって7カ月。まぁアルバイトなので仕方ない部分もあるが、案外早く辞めてしまうのは残念だったが、それとなく連絡先を聞いたところ快く教えてくれた。今では頻繁にLINE交換をしている。
AIとは順調そのもの。充実した愛人関係を継続してもらっているが、いつ不意に終わってしまうか分からない。。「2人目」はいても悪くはない。夫婦ではないのでから・・。SIがどういうつもりなのかは今のところは分からないが、今のところはLINE友達から抜け出していない。昨日、「二人で飲みにでも行けたらいいね・・」と軽く臭わせるようなメッセージを送ったが、完全無視だった(汗)。
まぁ、焦らずゆっくり付き合っていくつもり。目的はAIと同じくセフレになることだ。AIとはまた違う楽しみがあるように思える。
そんなこんなのここ2ヶ月であった。自分で言うのもなんであるが、結構激変の2ヶ月であったが、変わらず身体を重ね合わせてくれたAIには感謝しかない。SIにアプローチしていることで気が引ける部分もあるが、まぁ気にせずやっていきたい。
そして、新年にはまた大きく環境が変わるとともに愛人たちとの付き合い方も変わらざるを得なくなる。「動き」のある2024年になるが、どの辺で落ち着くのか楽しみでもある。
年上女に恋してしまった あー何やってんだか また恋してしまったようだ。 56歳にもなって何やってんだか。 相手は職場にいるミズホさん。5歳年上。 ・・年上・・。 そう。俺の歳で5歳年上となればもう60代・・・。 最初合った時は完全に年下だと思っていたが、職場で仕事のことなどよく...