2023年8月10日木曜日

欲望と愛情が交錯 親密な関係は継続中

スリルと罪悪感と快楽

 Aと親密な関係となってもうすぐ半年が経過する。関係は良好である。たまに職場の昼休憩中、彼女の休憩室に行ってキスを重ねることがあるのだが、昨日初めて口でイかせてくれた。年齢的に口でなんてもうイけないと思っていたのだが、昨日は何故か感度が高く、数分で・・照。


 Aは「・・してあげる」と自分から言って来る。「・・好きなの?」と聞くと「そうではない」と答えるが。結構好きなのでは・・と私は感じている。。女とはそういうものなのだろうか。

 休憩室でのフェ〇。もはやア〇〇トビデオの世界である。スリルと罪悪感と快楽が入り混じって、そこは別世界となる。でも、私がAにすることをAは拒む。Aは声を上げてしまうかららしい。なので私としては余計に罪悪感が大きくなる。。


Aが怒って泣いてしまった日

 今、そんな状況だが、1カ月程前に危機があった。ちょっとしたことでケンカとなったのだ。2週間程会わずに過ごしたが、お互いの関係に対しての考え方や、会う頻度を変えるなどして和解した。・・と思うのは自分だけかもしれないが、とにかく、関係継続となったのだ。


 ケンカの理由だが、月に1~2回会えればいいと思っている私に対して、Aは「毎日でも会いたい」と言う。。落としどころとして、これまで週1回会うようにして来たのだが、これも仕事との両立が難しく、私としては「無理して時間を作って会う」状態になっていた。

これが変な形でAに伝わり、Aは怒って泣いてしまった。

 この「会う回数」の考え方の違いは、薄々察してはいたのだが、私は性欲の解消が第一、Aは愛を確認することが第一。。という根本的な考え方の違いが原因なのだろう。


昔、ミスチルが唄ってたっけ


「君が望んでる愛と僕を満たす悦びが激しく揺さぶるジェラシー」♬


身体の関係と心の繋がり

 性欲の発散と疑似恋愛・・その辺まで突っ込んで話をした、Aはゆくゆくは再婚相手も探したいと言っていた。ただ、これは関係を始める当初から話していたが、私はAの再婚相手にはなれないということを再度伝えた。


 その上での関係という認識は再確認して、結局は隔週で会うという付き合い方にした(してもらった・・かな・・苦笑)。なので、「会う回数」についての負担が解消され、自分としては理想的な形となった。

まぁ、当面関係を楽しみたいが、Aの本音を聞いた以上、この関係どこまで続くものだろうか、どこまで続けて良いものだろうか・・考えなければいけない時も来るのかも知れない。


2023年8月4日金曜日

スゴイ人と思われたい心理の逆効果

残業と休日返上が心と身体の支障に

 3ヶ月振りの投稿である。一体何をしていたのだろうか。あっという間の3ヶ月であった。気付けば来週から夏季休暇。1年の半分はとっくに過ぎ「仕事」に明け暮れた日々が心と身体に支障をきたすレベルに陥ってしまった。


 2度目の異動からもうすぐ2年。総務課所属になって2年になる。仕事量の多さとスピードに着いて行けず。翻弄されまくりの3ヶ月だった。決して難しい仕事ではない。でも正確に早く消化することを求められる。「正確に早く」これがうまくできない・・不得意この上ない。

 でも広報時代だって同じだ。「売り込む」「イベントを盛り上げる」ことだって不得意。「好き」と思い込んでやっていた教員時代ですら・・人をやる気にさせるように仕向ける・・なんて不得意・・思えば自分に得意なんてあるのか?


そんな自己否定に陥る思考となっていた。


わからなければ人に相談する

 「好きなことを人に教えられる」という前向きな動機を唯一持てる教員職から離れざるを得なくなってから12年。不得意に適応しなければならない、年下の職員に頭を下げなくてはならないは覚悟の上だった。


それにしても残業、休日返上の毎日で精神的にも身体的にも追い込まれて来た。

 どうしようもない状況に陥りかけ、やむなく上司に相談したところ「考え込むのを止めて他人に相談する方法」をアドバイスされた。

これに少々ウロコが落ちる思いがあった。


人に相談できない 自分自身の理由

 これまでの会社人生の中で、自分の心の底のどこかに「人に相談してはいけない」という気持ちが植え付けられていた、理由は「相談するとイヤな顔をされるから」「冷たい返事が帰って来る」からだ。これを裏返しに「自分で考えろ」という意味に捉え、いつしか仕事での疑問点は自分で考え、解決しなければならないと思い込むようになって行った。


 まぁ、それもあるのだが、それは簡単に言えば「人のせい」だ。自分自身に原因はないのか・・そこに少し思い当たる節があった。

私は心の奥底に「自分はスゴイと思いたい」とか「他人からスゴイ人だと思われたい」という心理が働いてる。その心理が様々な行動の原動力のひとつになっていることは間違いない。

思い起こせば子供の頃からだ。根本的な性格・・という部分にまで行きつくところに仕事の進め方に対する問題点があるように感じた。


人格否定しない 53歳のちょっと方向転換

 もちろん、向上心という言い方をすれば悪い意味ではない。加えて、53歳にもなってこれまでの人格を全面否定する気もない。


でも、仕事に後れを出し、精神的、身体的に追い込まれるようでは、そんな向上心もNGである。あくまでもちょっと・・仕事に対する時だけちょっと軌道修正するのである。

なので、仕事の中で適切に「相談する」という行動を加えて行こうと思った。そう思ったら急に気が楽になったのだ。

もちろん、そんなに急に変わらないだろうが、少しずつでいい。意識を改善し、行動を改善することで今まで感じていた仕事の進め方について疑問を解消できるかもしれない・・そんな希望が53歳にして湧いて来たのだった。


ちなみに、今日は休暇だが、家で仕事はしていない。。


2023年5月10日水曜日

親密な関係継続中だが もう飽きが来る?

思いがけない進展と誤算

 Aとの関係があまりにも良好である。3月以降、毎週1回は必ず会っている。その度に身体を合わせ、親密な時間を過ごす。。


 会えない日はLINE交換。朝の「おはよう」から始まり、夜の「おやすみなさい」まで1日何回もやり取りする。ラブラブ状態だ。「おはようから」なんてウザがられそうだが・・LINEはむしろAの方から送ってくることが多い。こんなにも「はまって」くれるなんて夢にも思わなかった。最初の夜からはや2ヶ月。あっという間だった。


恋愛にも不倫にも お金は必要

しかし、思いがけない進展から誤算もあった。お金のことだ。


会うたびにラブホに行く。。


 1回につき5~6000円の出費。週1回。月4回・・交際費月2万以上は私には無理だった。母子家庭のAに割り勘をお願いするのも申し訳ない。なので月に1回くらいはAに支払いを頼む。それでも自前の貯金を切り崩して費用に充てる。。昨今の社会情勢で外出ができず使わずに貯めておいた小遣いを今活用している。


高校生のような恋愛関係!?

 部屋に入れば「好き!」と言って飛びついて来る。Aは私の5歳年下だが家内よりも年上、私の子供と同じ世代の娘さんがふたりいる。私と共に「いい歳」である。。でも高校生のように飛びついて来る。


 女ってそういうものなのだろうか。。それとも「妹タイプ」のいった感のあるAの性格なのだろうか。でも「イチャイチャ」「ラブラブ」は悪い気はしない。私も心のどこかで求めていたのかも知れない。こんな感じ・・。道を歩く時は手を繋ぎ、人気が無ければキスをし、ラブホでは情事に勤しむ。駅のホームでの別れ。電車にのるAを手を振って見送る・・。何だこの関係。。結婚前でもこんなことしたかなぁ・・。


でもふと来た その時は突然来た

 GWに会った時だった。いつも通りラブホに入り親密な時を過ごす・・。2度の情事を済ませた後に「ストン」と何かが落ちた。何かが冷めた。。そんな感覚があった。


 Aに何か落ち度があったわけではない。むしろ、これまでいろいろな話をし、女手一つで家族を支えている彼女をリスペクトさえしている。。達成感・・というと語弊があるが、、行くところまで行った感じか。満足感なのか・・私の気持のなかでちょっとした区切りを感じた。

これが「飽き」なのかも知れない。

 そして最近、この上ないタイミングでLINEのやり取りの中でAから「そろそろ飽きられるかな・・」との言葉。。何というタイミングか。。それとも私の行動や言動にそのような部分が感じられるのか。わからない。

 でも、今のところ、Aとの関係をすぐに解消するつもりはない。向こうがその気でいてくれるのであればではあるが・・。関係は「順調」から「定着」の段階に入っている。あとはいつまで続くかといったころだろうか。とにかく今は充実した感覚に満ちている。


2023年3月19日日曜日

父命日の食事とかけがえのない心の支え

毎年思い出す父急死の過程

今年で17年目。また父の命日がやって来た。当時1歳だった長男が4月から大学生。次男はまだ産まれていなかったが4月からは中学2年生である。そのくらい年月が経ったのだ。


毎年この時期になると当時の事を思い出してしまう。17年経っても変わらない。父は言ってみれば「急死」だった。それまで元気だった父が急に倒れて一週間で亡くなった。一度も意識を戻さぬまま。あまりにもショッキングだったので、今でも倒れてから亡くなるまでの一週間の事はかなりはっきりと覚えている。


なぜ薄いのか 父死後の私の記憶

そして今年は特に暦(曜日)が当時と同じであるせいか、より色濃く思い出されるのである。13日の月曜日に父は倒れ、19日の日曜日に亡くなった。


でも今日、ふと思ったことがあった。父が倒れてから一週間の間の出来事はかなりはっきりと覚えているのだが、亡くなった後のことは記憶が薄い。19日の早朝「ご臨終です」の医師の言葉を聞いた後の行動をあまり覚えていないのだ。

もちろん、父の死を親族に連絡し、葬儀の手配をし、身体の弱い母と共に父を葬祭場まで連れて行ったのだが・・覚えてはいるのだは記憶が薄いのだ。これは父の死を境に大きな気持ちの変化があったからなのだろう。大事(父の死)が起きてほしくないと願う強い気持ちから、起きてしまった後の諦めの気持ちへの心の動き。。これが私の記憶に影響を及ぼしたのだろう。


父命日の食事 食べる気などなかった

そしてもうひとつ。。当時、食事は何を食べたか・・がはっきり思い出せなかった。


17年後の今日、朝は前日の夕食の残りをベースにごはんとみそ汁。昼は弁当。夜はこれから自宅で食べる。当時のことを思い出しながら1日を過ごしているうちにふと思い立った疑問だった。

早朝に父は亡くなった。朝食の事などまるで頭になかった。当然朝食抜き。食事のことを思い立ったのは、昼頃に家内のお母さんから「食事してるの?そろそろお昼よ」と言われた時である。そういえば母も私も何も食べてないとハッとしたが、当然食欲などなく、何も食べたくなかった。

でも家内のお母さんに即され、仕方なく葬祭場の傍にあるコンビニでざるそばを買って食べた。普段4、5分でつるっと食べるようなものだが、当時は食べ残したと記憶している。

そして夕食は覚えていない。

葬儀屋さんも帰り、駆け付けた親戚の皆さんも一旦帰宅。親子3人だけになった葬祭場で何か食べたはずであるが全く覚えていない。もちろん、食事になど気が向いていなかったからなのだろうが・・


厳粛な気持ちが私の心を救っている実感

毎年この一週間は厳粛な気持ちになる。2年前からは母の命日も加わり、年2回、厳粛な気持ちになる期間が私にはある。


ただ最近は厳粛なだけでなく、普段の会社ストレスにまみれる中で、厳粛な気持ちが私の心を救ってくれていると感じることがある。父母を思う厳粛な気持ちが会社ストレスよりも優先されて・・その思いに浸る。結果、会社ストレスが軽減されるのだ。

父母が残してくれた救いの気持ちが思いがけない効果をもたらしている。これからの私の人生おいてひとつの支えになることは間違いないし、事実、今そうなっている。

かけがえのない無償の支えである。


2023年3月4日土曜日

人生の息抜き 互いの家庭や生活を壊さない関係

食事の誘いを断られる

昨夜、Aと深い関係になった。その経緯である。

メールのやりとりを始めてからもう2ヶ月。今も相変わらず続いている・・というか私にとっては日常欠かせないものになって来ているのだが、2月の中旬に思い切って食事に誘ってみた。

結果は粉砕(笑)。。見事に断られた。。。

Aは仕事上の関係以上になるつもりはなかったようだった。

当然、メールも途絶える。無神経にしつこく送れば、いつ何時、事を公にされるか分からない。Aが仕事上の関係以上はNGと言うならば仕方ない。それまでにしてくれたメールのやりとりだけでも癒しをもらえたことにむしろ感謝しようと思っていた。


なぜか? Aからメールが送られてくる

しかし、メールが途絶えて1、2日後、ふとAからメールが来た。内容は仕事のこと。仕事の事である以上無視できないので返信。内容が複雑な時は直接会って話す・・そんな行き来が1週間程続いた。決まってAから来るメールがきっかけだった。


これは不思議だった。

仕事の内容とは言え、誘いを断った相手とは距離を置きたいのでは・・と思っていたのだが、むしろAは距離を詰めて来ているように思えた。自身はふたりの子の母親で夫とは離婚・・そんな身の上まで話し始めたのだ。

まぁでもここは勘違いせず、あくまでもAは「親しい仕事上の関係者」として連絡をくれている・・と考えるようにしていた。


深い関係への動機と人間性 

ところがある日の土曜日、Aから「お食事行きましょう」の言葉。私も戸惑いながら同意した。そして昨日。終業後に待ち合わせ、食事に行った。無論、ふたりだけである。


食事後に店を出て近くの公園を散策。その時は既に手を繋いで歩いていた。そして、人の気配がほとんどない場所で、抱き寄せてみたのだが・・

ダメです。これ以上はダメです。。

とAは頑なに拒否する。。

これまでの経緯で少し感じていたのだが、Aとしては、ある一線を越える時に何か理由付けや確約が欲しいのか。食事の誘いを断った時は、私の態度を見て私の人間性を見ようとしたのか。。

抱き寄せを拒んだ時は深い関係に入る前に私の動機を確認したかったのか。。

そんな風に感じた。

なので、この時は私もすぐに引き下がらず、ゆっくり私の考えをAに伝えた。

 お互いの家族を裏切らない関係

 お互いの会社の立場や生活を壊さない関係

 この関係は恋ではなく不倫でもなく人生の息抜き

こんなこと、言ってはいけないのかと思っていたのだが、率直に話すのが最善と思って話してみた・・Aは関係に同意してくれた。そのあとはお決まりのコースである。とても充実して幸せな時間だった。


決して表には出さず楽しむ 良いエネルギー

ちなみに、いつもかけている眼鏡をはずし、化粧をしたAはかなり可愛かった。私と待ち合わせをしていた場所で私が到着する前にナンパされた・・と言っていた。


Aとの関係を少しでも長く続けたい。そのためには職場や家族との関係を両立させることが不可欠である。大変かも知れないが、人のモチベーションなんてこのようなものであろうと、今は良いエネルギーが身体を満たしているように感じた。


2023年2月1日水曜日

最後の恋かな スマホでメッセージを交わす日々

思いがけず始まった充実の日々 

はっきりと覚えていないが、たぶん初めてAに会ったのは半年ほど前だと思う。「会う」というより社内で見掛けただけ。職場で関係するグループ会社の女性だ。


仕事のことで何度か関わっていたのだが、昨年の12月、社内で会った時、不意に「私の名刺渡してもいいですか」と言って来た。

仕事上の付き合いの場合、私は本人の携帯番号も聞く。直接連絡した方が効率がいいからだ。ただ、相手が女性の場合は「会社の携帯でイイですから・・」と必ず付け加えることにしている。

するとAは「携帯の番号お伝えします。私の携帯です。会社からは支給されなくて・・」と言って来た。

何のアピールなのか・・。


メールやりとり一ヶ月 とても楽しく嬉しい

Aはかわいらしい感じの女性である。それまで特に女としては意識していなかったが、私みたいなオヤジと遊んでくれるのなら十分嬉しいような感じの子だ。思いがけず電話番号の交換ができた。


それから半月程は会社で絡むこともなく連絡も取らずだったが、年始に「あけましておめでとう」の意で携帯からショートメールを送ったのが最初のやり取りだった。

それからあっという間の一ヶ月。

Aの返信は充実していて、会社で会っても「気の入った」態度で接してくれる。。最近はまるで恋人気分だ。昨日もちょっとしたお礼と称してドーナツを差し入れたが、私の前ではとても喜び、食べた後には「癒された」とメールが来る。

喜んでいるAの表情とメールを見て今度は自分が癒される。今度こそは本物かな。。

もはやちょっとしたきっかけさえあれば会社の外でゆっくり会うことも現実的な雰囲気だ。

そして、ふたりとも大人だから・・

ゆっくり会えばそのまま深い関係に・・


たぶん、きっと、間違いなく最後の恋

私は妻子ある身分で別の恋ができるほど魅力のある男ではない。。それは今までの経験が物語っている。遊んでもらおうとアプローチして「相手にされなかった女」は何人もいる。。「〇倫」なんて自分には身分不相応。もう自信も興味もなくなっていた。


そんな気持ちの時に現れてくれたA。エロオヤジ丸出しだけれども、一方で純粋な恋を楽しんでいるような気もする。男女の関係が出来上がって行く過程の高揚感。。今、まさにそんな実感がある。ドキドキワクワク・・そんな日々だ。

まったくいくつになっても・・男なんてしょーもない生き物だ。

いつまで遊んでくれるのか。しばらくはAとの日々を楽しみたい。年齢的なことに加え、これまでのヒット率も考えると、たぶんこれが最後の恋になるだろうから・・。


2023年1月2日月曜日

子供に高学歴を課さない理由 旧友の年賀状に思う

年賀状に書かれた高学歴自慢

2023年が明けた。めっきり少なくなった年賀状だが、ありがたいことにまだ私にも送ってくれる方が何人かいる。

今回は元日に届いた年賀状にちょっと引っ掛かった内容があったので書き留めておきたい。


それは旧友K君のモノだった。印刷された文面に一言手書きでお子さんが昨年4月に大学生になった旨の一言だった。ホントに一言。引っ掛かったのは大学名が書いてあったことだ。超一流私立大学の・・。

あー自慢だこりゃ・・とすぐに察した。お子さんの成長を知らせたいのであれば「大学生になりました」で済む話。。校名は必要ない。まぁ確かに書きたくなるような校名であることは分かるし、K君は良い友人であったので、その仲が崩れるものではない。お互い良いことがあれば大いに自慢しあえばいいのだと思う。


ウチの子は今年受験 中堅校志望

K君のお子さんは私の長男よりも1歳年上、1~2度ではあるが幼少の頃にあったこともある。本人たちはたぶん覚えていないような頃ではあるが。

なのでウチの長男は今年大学受験。まさにもうすぐ試験が始まる・・なんてタイミングだ。そして、志望している大学は「超一流」ではない。いわゆる「中堅校」に入れればいいかな・・くらいのレベル。。知らない間に差を付けられたモノである。。


だた、正直なところ、私も子供に高学歴を付けさせたいと思ったことはある。別にできないことではない。たぶんこのブログでも何度か触れていると思うが、学校の勉強に頭の良し悪しなど二の次だからである。どのくらい真剣に取り組むか、どのくらい勉強に時間を掛けるかで学歴は選択できると思っている。単純に本人の能力を推し量る指標ではないのだ。

ちょっと極端ではあるが、小学校(またはもっと前から)から塾に通わせ、中学、高校でも学業一直線・・そんな生活を送れば一流大学にも進学できるのだろう。

でも私はそうしなかった。長男、次男ともに小学生時代は水泳を習わせ、中学では運動系の部活動を勧め、塾は中学3年から始めた。勉強は通信教育が中心だった。


学歴ランク飛ばしに不安を感じた

なので、長男の志望校を聞いた時も納得だった。中堅校中心の選択。偏差値レベルはそのくらいのようだ。それで十分だった。

理由は私と家内の学歴。ふたりともいわゆる「Fランク大学」出身である。結論から言えば、私は子供たちには「私たちよりワンランク上の学歴を付けてくれればそれでよい」と考えていた。


あえて「ランク飛ばし」と表現するが、「Fランク」の私たち夫婦の子供に「超一流大学」への進学を促したときに、私は人間形成や健康的な体作りを同時に行う自信がなかった。それは「超一流大学」を目指すための生活を知らない・・実感がないからだ。どれだけ「自分がしてこなかったこと」を子供に課すのか、「もしかして他におかしな偏りができはしないか」など疑問が多く、私にはできなかった。

もちろん、調べるなり人に聞くなどする方法はあるのだろうが、今私も家内もいろいろ問題もあるだろうがこうして生きている。だから、無理せず「ちょっと上」「ワンランク上」を目指してくれればそれでよい。それが子供たちにも私たちにも良い緊張感として家庭全体に浸透してくれればそれでよいと思ったのだ。


ひと世代でワンランクずつ上を目指す

ちなみに私の父は中卒。母は高卒だった。なので両親からは「とにかく大学に行ってほしい」とよく言われていた。どのランクの大学なのか、理系なのか文系なのか・・そんな具体的な話はない。とにかく「大学に行ってほしい」が両親の望みだった。


両親の望みが「漠然」としていたのは「大学」は未知の領域だったからだと思う。レベルや学部の違いは「わからない」のである。とにかく私に大学に進学させることが「ワンランク上」だった。。そして私は何とか大学に進学することができた。大学のレベルや進学するためのノウハウ(勉強の方法など)を知ることもできた。

なので私の世代でも私は子供たちに「ワンランク上」を目指してもらえばよいと思った。まぁ人格形成しながら健康的な体つくりをしながら中堅レベルの大学にでも進学してくれればよい。。その繰り返しでウチの家系が少しずつレベルアップしていけばいいのではないか・・などと思っているのである。


素直に喜べることが嬉しいと思えた

なお、K君も私とほぼ同じようなレベルの学歴である。彼は「ランク飛ばし」をお子さんに促したようだ。


でもそのことを否定したり嘲笑しているわけではない。慎重な性格の彼のことだから入念に調べて事を進めていった結果なのだろうと思うし、お子さんが超一流大学に進学されたことは素直に祝福したいと思う。

また、素直に祝福したいと思えること自体、K君と私はその昔本当に良き友人だったのだろうと確信できるのである。

時が来たら、また会いたいモノである。


懲りない男 学習しない男 また恋してしまった

年上女に恋してしまった あー何やってんだか  また恋してしまったようだ。 56歳にもなって何やってんだか。 相手は職場にいるミズホさん。5歳年上。 ・・年上・・。 そう。俺の歳で5歳年上となればもう60代・・・。 最初合った時は完全に年下だと思っていたが、職場で仕事のことなどよく...