2023年5月10日水曜日

親密な関係継続中だが もう飽きが来る?

思いがけない進展と誤算

 Aとの関係があまりにも良好である。3月以降、毎週1回は必ず会っている。その度に身体を合わせ、親密な時間を過ごす。。


 会えない日はLINE交換。朝の「おはよう」から始まり、夜の「おやすみなさい」まで1日何回もやり取りする。ラブラブ状態だ。「おはようから」なんてウザがられそうだが・・LINEはむしろAの方から送ってくることが多い。こんなにも「はまって」くれるなんて夢にも思わなかった。最初の夜からはや2ヶ月。あっという間だった。


恋愛にも不倫にも お金は必要

しかし、思いがけない進展から誤算もあった。お金のことだ。


会うたびにラブホに行く。。


 1回につき5~6000円の出費。週1回。月4回・・交際費月2万以上は私には無理だった。母子家庭のAに割り勘をお願いするのも申し訳ない。なので月に1回くらいはAに支払いを頼む。それでも自前の貯金を切り崩して費用に充てる。。昨今の社会情勢で外出ができず使わずに貯めておいた小遣いを今活用している。


高校生のような恋愛関係!?

 部屋に入れば「好き!」と言って飛びついて来る。Aは私の5歳年下だが家内よりも年上、私の子供と同じ世代の娘さんがふたりいる。私と共に「いい歳」である。。でも高校生のように飛びついて来る。


 女ってそういうものなのだろうか。。それとも「妹タイプ」のいった感のあるAの性格なのだろうか。でも「イチャイチャ」「ラブラブ」は悪い気はしない。私も心のどこかで求めていたのかも知れない。こんな感じ・・。道を歩く時は手を繋ぎ、人気が無ければキスをし、ラブホでは情事に勤しむ。駅のホームでの別れ。電車にのるAを手を振って見送る・・。何だこの関係。。結婚前でもこんなことしたかなぁ・・。


でもふと来た その時は突然来た

 GWに会った時だった。いつも通りラブホに入り親密な時を過ごす・・。2度の情事を済ませた後に「ストン」と何かが落ちた。何かが冷めた。。そんな感覚があった。


 Aに何か落ち度があったわけではない。むしろ、これまでいろいろな話をし、女手一つで家族を支えている彼女をリスペクトさえしている。。達成感・・というと語弊があるが、、行くところまで行った感じか。満足感なのか・・私の気持のなかでちょっとした区切りを感じた。

これが「飽き」なのかも知れない。

 そして最近、この上ないタイミングでLINEのやり取りの中でAから「そろそろ飽きられるかな・・」との言葉。。何というタイミングか。。それとも私の行動や言動にそのような部分が感じられるのか。わからない。

 でも、今のところ、Aとの関係をすぐに解消するつもりはない。向こうがその気でいてくれるのであればではあるが・・。関係は「順調」から「定着」の段階に入っている。あとはいつまで続くかといったころだろうか。とにかく今は充実した感覚に満ちている。


2023年3月19日日曜日

父命日の食事とかけがえのない心の支え

毎年思い出す父急死の過程

今年で17年目。また父の命日がやって来た。当時1歳だった長男が4月から大学生。次男はまだ産まれていなかったが4月からは中学2年生である。そのくらい年月が経ったのだ。


毎年この時期になると当時の事を思い出してしまう。17年経っても変わらない。父は言ってみれば「急死」だった。それまで元気だった父が急に倒れて一週間で亡くなった。一度も意識を戻さぬまま。あまりにもショッキングだったので、今でも倒れてから亡くなるまでの一週間の事はかなりはっきりと覚えている。


なぜ薄いのか 父死後の私の記憶

そして今年は特に暦(曜日)が当時と同じであるせいか、より色濃く思い出されるのである。13日の月曜日に父は倒れ、19日の日曜日に亡くなった。


でも今日、ふと思ったことがあった。父が倒れてから一週間の間の出来事はかなりはっきりと覚えているのだが、亡くなった後のことは記憶が薄い。19日の早朝「ご臨終です」の医師の言葉を聞いた後の行動をあまり覚えていないのだ。

もちろん、父の死を親族に連絡し、葬儀の手配をし、身体の弱い母と共に父を葬祭場まで連れて行ったのだが・・覚えてはいるのだは記憶が薄いのだ。これは父の死を境に大きな気持ちの変化があったからなのだろう。大事(父の死)が起きてほしくないと願う強い気持ちから、起きてしまった後の諦めの気持ちへの心の動き。。これが私の記憶に影響を及ぼしたのだろう。


父命日の食事 食べる気などなかった

そしてもうひとつ。。当時、食事は何を食べたか・・がはっきり思い出せなかった。


17年後の今日、朝は前日の夕食の残りをベースにごはんとみそ汁。昼は弁当。夜はこれから自宅で食べる。当時のことを思い出しながら1日を過ごしているうちにふと思い立った疑問だった。

早朝に父は亡くなった。朝食の事などまるで頭になかった。当然朝食抜き。食事のことを思い立ったのは、昼頃に家内のお母さんから「食事してるの?そろそろお昼よ」と言われた時である。そういえば母も私も何も食べてないとハッとしたが、当然食欲などなく、何も食べたくなかった。

でも家内のお母さんに即され、仕方なく葬祭場の傍にあるコンビニでざるそばを買って食べた。普段4、5分でつるっと食べるようなものだが、当時は食べ残したと記憶している。

そして夕食は覚えていない。

葬儀屋さんも帰り、駆け付けた親戚の皆さんも一旦帰宅。親子3人だけになった葬祭場で何か食べたはずであるが全く覚えていない。もちろん、食事になど気が向いていなかったからなのだろうが・・


厳粛な気持ちが私の心を救っている実感

毎年この一週間は厳粛な気持ちになる。2年前からは母の命日も加わり、年2回、厳粛な気持ちになる期間が私にはある。


ただ最近は厳粛なだけでなく、普段の会社ストレスにまみれる中で、厳粛な気持ちが私の心を救ってくれていると感じることがある。父母を思う厳粛な気持ちが会社ストレスよりも優先されて・・その思いに浸る。結果、会社ストレスが軽減されるのだ。

父母が残してくれた救いの気持ちが思いがけない効果をもたらしている。これからの私の人生おいてひとつの支えになることは間違いないし、事実、今そうなっている。

かけがえのない無償の支えである。


2023年3月4日土曜日

人生の息抜き 互いの家庭や生活を壊さない関係

食事の誘いを断られる

昨夜、Aと深い関係になった。その経緯である。

メールのやりとりを始めてからもう2ヶ月。今も相変わらず続いている・・というか私にとっては日常欠かせないものになって来ているのだが、2月の中旬に思い切って食事に誘ってみた。

結果は粉砕(笑)。。見事に断られた。。。

Aは仕事上の関係以上になるつもりはなかったようだった。

当然、メールも途絶える。無神経にしつこく送れば、いつ何時、事を公にされるか分からない。Aが仕事上の関係以上はNGと言うならば仕方ない。それまでにしてくれたメールのやりとりだけでも癒しをもらえたことにむしろ感謝しようと思っていた。


なぜか? Aからメールが送られてくる

しかし、メールが途絶えて1、2日後、ふとAからメールが来た。内容は仕事のこと。仕事の事である以上無視できないので返信。内容が複雑な時は直接会って話す・・そんな行き来が1週間程続いた。決まってAから来るメールがきっかけだった。


これは不思議だった。

仕事の内容とは言え、誘いを断った相手とは距離を置きたいのでは・・と思っていたのだが、むしろAは距離を詰めて来ているように思えた。自身はふたりの子の母親で夫とは離婚・・そんな身の上まで話し始めたのだ。

まぁでもここは勘違いせず、あくまでもAは「親しい仕事上の関係者」として連絡をくれている・・と考えるようにしていた。


深い関係への動機と人間性 

ところがある日の土曜日、Aから「お食事行きましょう」の言葉。私も戸惑いながら同意した。そして昨日。終業後に待ち合わせ、食事に行った。無論、ふたりだけである。


食事後に店を出て近くの公園を散策。その時は既に手を繋いで歩いていた。そして、人の気配がほとんどない場所で、抱き寄せてみたのだが・・

ダメです。これ以上はダメです。。

とAは頑なに拒否する。。

これまでの経緯で少し感じていたのだが、Aとしては、ある一線を越える時に何か理由付けや確約が欲しいのか。食事の誘いを断った時は、私の態度を見て私の人間性を見ようとしたのか。。

抱き寄せを拒んだ時は深い関係に入る前に私の動機を確認したかったのか。。

そんな風に感じた。

なので、この時は私もすぐに引き下がらず、ゆっくり私の考えをAに伝えた。

 お互いの家族を裏切らない関係

 お互いの会社の立場や生活を壊さない関係

 この関係は恋ではなく不倫でもなく人生の息抜き

こんなこと、言ってはいけないのかと思っていたのだが、率直に話すのが最善と思って話してみた・・Aは関係に同意してくれた。そのあとはお決まりのコースである。とても充実して幸せな時間だった。


決して表には出さず楽しむ 良いエネルギー

ちなみに、いつもかけている眼鏡をはずし、化粧をしたAはかなり可愛かった。私と待ち合わせをしていた場所で私が到着する前にナンパされた・・と言っていた。


Aとの関係を少しでも長く続けたい。そのためには職場や家族との関係を両立させることが不可欠である。大変かも知れないが、人のモチベーションなんてこのようなものであろうと、今は良いエネルギーが身体を満たしているように感じた。


2023年2月1日水曜日

最後の恋かな スマホでメッセージを交わす日々

思いがけず始まった充実の日々 

はっきりと覚えていないが、たぶん初めてAに会ったのは半年ほど前だと思う。「会う」というより社内で見掛けただけ。職場で関係するグループ会社の女性だ。


仕事のことで何度か関わっていたのだが、昨年の12月、社内で会った時、不意に「私の名刺渡してもいいですか」と言って来た。

仕事上の付き合いの場合、私は本人の携帯番号も聞く。直接連絡した方が効率がいいからだ。ただ、相手が女性の場合は「会社の携帯でイイですから・・」と必ず付け加えることにしている。

するとAは「携帯の番号お伝えします。私の携帯です。会社からは支給されなくて・・」と言って来た。

何のアピールなのか・・。


メールやりとり一ヶ月 とても楽しく嬉しい

Aはかわいらしい感じの女性である。それまで特に女としては意識していなかったが、私みたいなオヤジと遊んでくれるのなら十分嬉しいような感じの子だ。思いがけず電話番号の交換ができた。


それから半月程は会社で絡むこともなく連絡も取らずだったが、年始に「あけましておめでとう」の意で携帯からショートメールを送ったのが最初のやり取りだった。

それからあっという間の一ヶ月。

Aの返信は充実していて、会社で会っても「気の入った」態度で接してくれる。。最近はまるで恋人気分だ。昨日もちょっとしたお礼と称してドーナツを差し入れたが、私の前ではとても喜び、食べた後には「癒された」とメールが来る。

喜んでいるAの表情とメールを見て今度は自分が癒される。今度こそは本物かな。。

もはやちょっとしたきっかけさえあれば会社の外でゆっくり会うことも現実的な雰囲気だ。

そして、ふたりとも大人だから・・

ゆっくり会えばそのまま深い関係に・・


たぶん、きっと、間違いなく最後の恋

私は妻子ある身分で別の恋ができるほど魅力のある男ではない。。それは今までの経験が物語っている。遊んでもらおうとアプローチして「相手にされなかった女」は何人もいる。。「〇倫」なんて自分には身分不相応。もう自信も興味もなくなっていた。


そんな気持ちの時に現れてくれたA。エロオヤジ丸出しだけれども、一方で純粋な恋を楽しんでいるような気もする。男女の関係が出来上がって行く過程の高揚感。。今、まさにそんな実感がある。ドキドキワクワク・・そんな日々だ。

まったくいくつになっても・・男なんてしょーもない生き物だ。

いつまで遊んでくれるのか。しばらくはAとの日々を楽しみたい。年齢的なことに加え、これまでのヒット率も考えると、たぶんこれが最後の恋になるだろうから・・。


2023年1月2日月曜日

子供に高学歴を課さない理由 旧友の年賀状に思う

年賀状に書かれた高学歴自慢

2023年が明けた。めっきり少なくなった年賀状だが、ありがたいことにまだ私にも送ってくれる方が何人かいる。

今回は元日に届いた年賀状にちょっと引っ掛かった内容があったので書き留めておきたい。


それは旧友K君のモノだった。印刷された文面に一言手書きでお子さんが昨年4月に大学生になった旨の一言だった。ホントに一言。引っ掛かったのは大学名が書いてあったことだ。超一流私立大学の・・。

あー自慢だこりゃ・・とすぐに察した。お子さんの成長を知らせたいのであれば「大学生になりました」で済む話。。校名は必要ない。まぁ確かに書きたくなるような校名であることは分かるし、K君は良い友人であったので、その仲が崩れるものではない。お互い良いことがあれば大いに自慢しあえばいいのだと思う。


ウチの子は今年受験 中堅校志望

K君のお子さんは私の長男よりも1歳年上、1~2度ではあるが幼少の頃にあったこともある。本人たちはたぶん覚えていないような頃ではあるが。

なのでウチの長男は今年大学受験。まさにもうすぐ試験が始まる・・なんてタイミングだ。そして、志望している大学は「超一流」ではない。いわゆる「中堅校」に入れればいいかな・・くらいのレベル。。知らない間に差を付けられたモノである。。


だた、正直なところ、私も子供に高学歴を付けさせたいと思ったことはある。別にできないことではない。たぶんこのブログでも何度か触れていると思うが、学校の勉強に頭の良し悪しなど二の次だからである。どのくらい真剣に取り組むか、どのくらい勉強に時間を掛けるかで学歴は選択できると思っている。単純に本人の能力を推し量る指標ではないのだ。

ちょっと極端ではあるが、小学校(またはもっと前から)から塾に通わせ、中学、高校でも学業一直線・・そんな生活を送れば一流大学にも進学できるのだろう。

でも私はそうしなかった。長男、次男ともに小学生時代は水泳を習わせ、中学では運動系の部活動を勧め、塾は中学3年から始めた。勉強は通信教育が中心だった。


学歴ランク飛ばしに不安を感じた

なので、長男の志望校を聞いた時も納得だった。中堅校中心の選択。偏差値レベルはそのくらいのようだ。それで十分だった。

理由は私と家内の学歴。ふたりともいわゆる「Fランク大学」出身である。結論から言えば、私は子供たちには「私たちよりワンランク上の学歴を付けてくれればそれでよい」と考えていた。


あえて「ランク飛ばし」と表現するが、「Fランク」の私たち夫婦の子供に「超一流大学」への進学を促したときに、私は人間形成や健康的な体作りを同時に行う自信がなかった。それは「超一流大学」を目指すための生活を知らない・・実感がないからだ。どれだけ「自分がしてこなかったこと」を子供に課すのか、「もしかして他におかしな偏りができはしないか」など疑問が多く、私にはできなかった。

もちろん、調べるなり人に聞くなどする方法はあるのだろうが、今私も家内もいろいろ問題もあるだろうがこうして生きている。だから、無理せず「ちょっと上」「ワンランク上」を目指してくれればそれでよい。それが子供たちにも私たちにも良い緊張感として家庭全体に浸透してくれればそれでよいと思ったのだ。


ひと世代でワンランクずつ上を目指す

ちなみに私の父は中卒。母は高卒だった。なので両親からは「とにかく大学に行ってほしい」とよく言われていた。どのランクの大学なのか、理系なのか文系なのか・・そんな具体的な話はない。とにかく「大学に行ってほしい」が両親の望みだった。


両親の望みが「漠然」としていたのは「大学」は未知の領域だったからだと思う。レベルや学部の違いは「わからない」のである。とにかく私に大学に進学させることが「ワンランク上」だった。。そして私は何とか大学に進学することができた。大学のレベルや進学するためのノウハウ(勉強の方法など)を知ることもできた。

なので私の世代でも私は子供たちに「ワンランク上」を目指してもらえばよいと思った。まぁ人格形成しながら健康的な体つくりをしながら中堅レベルの大学にでも進学してくれればよい。。その繰り返しでウチの家系が少しずつレベルアップしていけばいいのではないか・・などと思っているのである。


素直に喜べることが嬉しいと思えた

なお、K君も私とほぼ同じようなレベルの学歴である。彼は「ランク飛ばし」をお子さんに促したようだ。


でもそのことを否定したり嘲笑しているわけではない。慎重な性格の彼のことだから入念に調べて事を進めていった結果なのだろうと思うし、お子さんが超一流大学に進学されたことは素直に祝福したいと思う。

また、素直に祝福したいと思えること自体、K君と私はその昔本当に良き友人だったのだろうと確信できるのである。

時が来たら、また会いたいモノである。


2022年12月30日金曜日

次男退院 予定が大きく変わった年末年始休暇

本当の「退院後」はこれから始まる 

一昨日、右膝の脱臼で入院していた次男が退院。膝はギブスでガチガチに固定したまま次の通院日までは過ごさざるを得ない。経過は良好で何よりなのだが課題は満載である。


母親の時の経験が活かされた。退院手続きや帰宅後の生活などで特に慌てることはなかった。何より入院して一週間、昨今の社会情勢の影響で面会ができずにいた次男だったが、想像以上にしっかりした足取りだったことに驚いた。

でも「退院後」の生活はこれからである。これからの方が断然長い。

片足が動かないという条件下での「現実」が次々と見えて来る。


玄関の段差からシャワーの浴び方まで

次男を乗せた車が家に到着。早速難関が待っている。8段の階段である。普段は何の問題もない。何も考えずに上り下りする階段だが、足が不自由な者にとっては大難関である。


階段をクリアしたら次は玄関の上り下り、椅子の座り方、ベッドへの入り方・・問題は絶えない。ひとつひとつ入念にチェックする。

湯船に浸かった入浴はできないのでシャワーを浴びるのだが、ギブスが濡れないように超大型ビニールを用意してギブスへの撒き方を次男と研究。。

ギブスを巻いた方の足は曲げられないので靴下は自分で脱げない。ここは親が介助。

ほんの些細なことからできる事とできない事の判断が必要。。あれこれしているうちに1日などあっという間に終わってしまう。そんな年末年始休暇前半だった。


低迷する学校の成績 勉強の必要性を解く

自宅での生活が出来てきたところで、次はリハビリ。昨日から30分程だが近所を散歩。当然、ひとりでは危険なので私が付き添うことに。真冬とは言っても快晴の昼間であれば比較的暖かい。散歩することは気分もいいのだが、休暇前に誰がこのような状況を予想できただろうか。


そしてリハビリと平行してもうひとつ大きな課題があった。次男が怪我をした次の日が2学期の終業式だった。想像以上に成績が振るわなかった1学期。2学期は私がいくつか勉強を見たのだが、思った程効果もなく引続き振るわなかった2学期の成績。

怪我と成績不振。。

5歳上の長男はあまり手が掛からなかったためか、私自身少し油断していたのかも知れない。リハビリだけでなく、勉強の方も手を掛けて行くことになる。昨夜、家内を含めて「家族会」となった。。

成績が振るわない場合、私は「怠け」を一喝するよりも「勉強することの必要性」を伝えるようにしている。「どうして勉強が必要なのか」・・これを理解できれば自発的に勉強し始めるではないか・・と思っている。必要なのだから・・

一喝して無理やりやらせるのは手っ取り早いかも知れないが、子供の長い人生を考えると「必要性を解く」方が得策と思えるのである。


釣り三昧から一転 次男と向き合う日々

今年の年末年始休暇は10日。終わりきらない仕事で2~3日費やすことは覚悟していたが、その後は毎年の年末年始ルーチン(掃除と年賀状)のみ。余った時間は「釣り三昧」の予定だった。しかし、予想に反して次男と向き合う日々となった。


当然、リハビリも学業も子供にとっては人生に直接影響する事柄である。焦らずじっくりと私のすべての時間を費やしても別に問題ないのだが、ホントに「予想外」だったことに驚いている。「人生、何が起こるか分からない」を実感した最近だった。


2022年 家族の災い2件

残念ながら、今年は私と次男に災いが起きてしまった。二人とも入院に至る状況。そして、二人とも「急に起きた出来事」だった。


今のところ私も次男も「その後の状況は良好」であることは大きな救いではあるが「急変」はホントに起きてほしくないモノだ。2023年はそれぞれの回復を目指しながら、新たな急変が起きないよう最善の注意を払って行きたい。

「家族が健康でありますように」

初詣でお決まりのように聞く言葉。若かりし日は他に言うことがないのかと、やや軽く聞き流していたような言葉。この言葉がこんなにも重く大事に聞こえるようになったのも歳を重ね経験を重ねた故なのかも知れない。


2022年12月26日月曜日

真冬の釣場 虫の知らせ 大荒れの海 子供の怪我 

危険な釣りを強行してしまった反省 

12月22日。雨上がりの大潮。釣果が大きく期待できるであろうコンディションに休暇が重なり、意気揚々と出掛けたのだが、釣り場へ到着すると越水があり危険とも判断できる状況だった。


荒れたコンディションが影響したのだろうか。普段はあまり近くに寄ってこないアオサギが、今日は間近に降りて来た。


1ヶ月振りの釣りであったこと、仕事でストレスを感じる事が多かったことなどが相まって、この状況においても釣りを強行してしまった。「ウルメイワシ」が2匹釣れたのだが、危険な状況下で「釣りを諦める」判断ができなかった自分を悔やむ気持ちの方が強かった。


釣り人は他にも二人いた。釣り場に越水する海水に足が浸かり大変冷える。よくよく考えれば、ひとつ大波が来れば身体ごと流されかねない状況。運よく助けられたとしても、危険な場所で釣りを強行した迷惑なジジイでしかない。。釣り自体を諦めることなく場所を変える選択もできたはずである。今回の行動は大いに反省しなければならない。


虫の知らせ 強風とポイントの横取り

この日は午後から始めた釣りだった。夕方に差し掛かると風が強くなり白波が立つようになった。釣りを始めて2年になるが、初めて経験するレベルの強風。あまりこのような事を真剣に話すのは好きではないが「何かを訴えかけられているような強風」のようにも感じた。


さらにこんなことがあった。ポイントを横取りされたのである。

越水のため釣りをできるポイントが限られていたのだが、ウルメイワシが釣れてクーラーボックスに魚を納めていたほんの短い時間に、今までいなかった別の釣り人がスッとそのポイントに立ってしまった。

本人も悪気はないような様子だった。というか悪気など起こす気にもならないであろう強風と越水。むしろ、よくこんな状況でこの釣り場に来たと感心する気持ちさえあった。

あまりのタイミングに思ったことがあった。


これは、釣りを止めて帰れということなのか。


虫の知らせなのか。。


虫の知らせの答えは子供の怪我

竿を納め車に乗り込む時は完全に暗がりだった。立っていることもおぼつかなくなるような強風で空は抜けるような晴天。濃い夕焼けが印象的だった。


当初「虫の知らせ」は私に危険を知らせるものであると思っていた。事実、日没後は風がさらに強くなり。そのまま釣り場に立っていたらと思うと背筋に冷たいモノが走る思いだった。想定よりも早めに釣りを切り上げたことは正解だった。

しかし、帰宅直後に虫の知らせの答えが分かった。

私が到着した数分後、私が玄関から家に入ろうとした時に、家の前にタクシーが止まった。中から出て来たのは、足にガチガチのギブスを巻いた次男だった。


認めざるを得ない 非科学的な感覚

次男は部活の練習中に他の生徒と激突して膝を脱臼。救急車で病院に運ばれた。帰宅したタイミングで私と会ったのだ。脱臼は接合されたそうなのだが、歩行が困難だったので無理を言って病院に入院させてもらった。

入院後の経過は良好でひとまず安心ではあるが全治2ヶ月。たまたま冬休みに入ったばかりだったが、3学期は完全に松葉杖を使っての登校になるため、車での送迎も踏まえて退院後の対応を検討中である。


このブログでも何度か書いた。私は、普段いわゆる「霊感」と言われるモノは全くないのだが、かつて、父と母との間にそれぞれ非科学的な感覚を感じたタイミングがあった。

そんな経験があったからなのかも知れない。この日の強風と釣りポイントを横取りされたタイミングは、明らかに「何か」を感じた。

これで3回目である。私は直接つながる親子関係において非科学的な感覚があるのかも知れない。そんなことを感じざるを得ないこの日の体験であった。


懲りない男 学習しない男 また恋してしまった

年上女に恋してしまった あー何やってんだか  また恋してしまったようだ。 56歳にもなって何やってんだか。 相手は職場にいるミズホさん。5歳年上。 ・・年上・・。 そう。俺の歳で5歳年上となればもう60代・・・。 最初合った時は完全に年下だと思っていたが、職場で仕事のことなどよく...