2022年8月15日月曜日

釣りと自然とお刺身と おとうさんの日帰り渓流紀行

夏季休暇2日目 渓流釣りへ出発

 今年の夏季休暇、連休は3日だけ(涙)。その後、飛び飛びで2日ほど休みがあるが、完全に連休を崩された感じである。来年はもう少し仕事の日程をウマク組み立てて行きたい。

 さて、今日は3連休の2日目。昨日ゆっくり休めたので、今日は釣りに出掛けることにした。今回は、台風の影響と暑さを考え、海ではなく渓流釣りにした。


 以前は夏休みに毎年子供たちを連れて行っていた場所であるが、今も年に1~2回は訪れている。自然に囲まれた綺麗な川辺でゆっくりとできる釣りは格別である。海のような開放感こそないが、こちらはこちらで魅力たくさんの釣りができる。

 いわゆる「管理釣り場」というところで、養殖しているニジマスを放流している。釣り堀のようにクローズした場所ではなく、普通の川なので場所は広々としている。駐車場もあればバーベキューもできる。家族連れで1日楽しめる場所だ。


現地到着5時30分も受付前は既に行列

 そう。。家族連れで楽しめる場所なのだ・・ということをすっかり忘れていた。大人はお盆休み。子供は夏休み。。3時半起床、5時半に現地に着いたが、受付事務所前は既に人が並んでいた。


 私は10番目くらいだったかな。15分ほど待って受付完了。立ち上がりから「夏休み」の洗礼を受けてしまった。ちなみに事務所は6時からなのだが、行列は7時頃まで続ていた。この釣り場も結構な人気である。


釣果10匹 食べる分だけ釣る

 釣りの方は順調だった。「朝まずめ」なのだろうか・・6時から8時頃までは結構な勢いで釣れた。仕掛けを放り込んで少し待ってヒット・・の繰返し。釣り堀のように地上から魚が見えるというわけではないが、コツさえ掴めばかなり釣れる・・。でも8時過ぎた頃からピタリと釣れなくなった。


 でもそこは管理釣り場!絶妙の時間(9時30分)に「放流タイム」がある。釣り場の何カ所かで「ハイ!行きますよ~!!」と係員の方が放流してくれる。今日はたまたま、私の隣でも放流してくれた。

 まぁ~興ざめすると言えばそれもそうなのだが、釣れれば子供たちは喜ぶし。。「アタリ」を感じることは、結構リアルに命を感じる事にもなる・・ように思うので、夏休みの思い出としてはオススメかな・・と私自身は思っている。

 1時間程、止まっていた「アタリ」だったが、放流を境に周りの家族連れにアタリが戻り始め、私も数匹釣上げた。そんなこんなしているうちにエサもなくなったので10時に釣りを止めて釣り場を後にした。釣果は10匹である。


 「1日券」を購入しているため、本来は夕方5時まで釣り可能なのだが、「食べる分だけ」と考えると10~15匹で十分である。なので、キリのいい(エサが無くなった)タイミングでエサの再購入はせずに帰ることにした。


管理釣り場のちょっとしたコツ

 ちなみに管理釣り場で多くの釣果を上げるコツのひとつは「釣った後の処理」である。魚を釣り上げた後に、いかに早く次の投入を行う事ができるかだ。


 ニジマスは結構ガッツリエサに噛み付く、時には釣針を飲みこんでしまう事もある。魚から釣針を外すことに時間が掛かり過ぎれば、いかに放流されて魚がたくさんいても他の人に釣られてしまうし、「釣り堀」ではないので、魚たちも下流へ泳いで行ってしまう。

 私も、今ではすぐに針を取り出せるようになったが、かつてはここに時間が掛かり過ぎて1日釣っても10匹を下回ることも度々だった(でも、釣れたことで子供たちは喜んでましたが・・)。

「釣って」「針から外して」の繰返しをテンポよく行う事がちょっとしたコツである。


癒しの景色とおいしい刺身で休暇を満喫

 釣り場を後にした帰り道にほんの少しだけ寄り道をした。釣り場はちょっとした山地の一部のため、近くに「ダム」があるのだ。「ダム湖」の周辺は広大な公園と展望台などあり、パーキングエリアのようになっている。その景色にはいつも癒さている。


 そして、帰宅後に今日は初めての挑戦を試みた。釣って来た魚を「刺身にする」ことである。子供たちからは以前から言われていたが、私自身腹をこわし易い体質だったため、基本的に釣って来た魚はすべて「天ぷら」だった。

 ただ、今日は比較的時間もあり、一番安全であろう管理釣り場のニジマスだったので、満を持して「刺身」に挑戦した。正確には「洗い」であるが。。帰宅後、3匹だけ「洗い」にしてみた。


工程は下記のとおり

・釣り場にて釣れたらすぐに締める(血ぬきと氷締め)

・帰宅後、内蔵・血合いトリ・ウロコを落として水洗い

・3枚におろして食べやすい大きさにカット

・水洗い後、氷水に10分程浸す

・氷水から上げてペーパータオルで水気を取る

・皿に乗せて完成!

 そこそこ手間は掛かった。加えて「3枚おろし」は散々(涙)。要するに包丁捌きは「全然ダメ」なのだ。まだまだ経験が必要だし、包丁もきちんとした出刃包丁を使った方が良いような気もして来た。おろした後の魚を見て「成仏できたのかな・・」などと妙な後ろめたさを感じたのも事実であった。

 でも、「洗い」の味は格別だった。子供や家内にも大好評!今日は「お試し」ということで少な目(3匹だけ)だったが、次男は「あと5匹くらい刺身でもいいね」と言っていた。それだけウマイと思ってくれたのだろう。3匹の洗いはあっという間になくなった。

 渓流釣り・大自然と景色、おいしい刺身。。今日は盛りだくさんで充実した日帰りの一日となった。


2022年8月14日日曜日

最後の海水浴は中止 子供の親離れは寂しいか

我が家のチョイ海水浴 台風で中止に

今日は家族でチョイ海水浴に出掛ける予定だったが、いきなり日本近海で発生した小型台風が昨日まさかの関東上陸。今日は晴れてはいたものの、海は大荒れだろうから海水浴は中止した。


昨今の社会状況を考えると海水浴にも行き難い。なので、昨年、早朝から海に入り昼頃混んで来たら海水浴は止め、海の幸の昼ごはんを食べて早々に帰宅する。。いわば「半日海水浴」である。それでも結構充実できたので今年もやってみようかと考えたのだが・・。


明らかに気が進まなそうな子供たち

長男は高校3年生、次男は中学1年生。。夏休みとはいえ、もう親と行動したくない年頃である。。数日前に今回の海水浴の話を持ち掛けた時も、あまり進んでいない様子はよくわかった。


昨年は次男がまだ小学生。。かろうじて「夏休みに1度くらいは海に行きたい」と言い出したことがきっかけで行った「チョイ海水浴」だったが、中学生になり、部活動などが始まったこともあり、小学生だった頃の夏休みとは全く様相が異なるのだろう。次男もほとんど海水浴に興味を示さなかった。


15年目の海水浴も今年で最後

思えば初めて家族で海水浴に行ったのは長男が2歳の頃だったと思う。それから15年。次男が生まれた年以外は毎年海水浴には行っていた。

夏休みは「海水浴」「お祭り」「おじいちゃんの家に2泊3日」が定番だったが、ここ2、3年の間に急速に実行されなくなった。もちろん、感染症の影響もあるが、最も本質の部分は子供たちの成長であろう。「海水浴」「お祭り」「おじいちゃんの家」に行きたがらなくなったのである。


まぁ、そりゃそうなのだろう。。自分もそうだった。中学生、高校生ともなれば、部活動や友達との行動が中心になる。親と一緒に海なんて行きたくはないだろう。それでいい。それで普通なのだ。

私としては、昨今の社会状況で旅行に行く気にもなれない。子供たちには「友達とどっか行って来い」と後押ししたいところだが、それも何となく気が引ける。。結局、苦し紛れに昨年と同じ「家族でチョイ海水浴」を企画。子供たちが夏休みに家にこもりきりにならぬようにと気を遣ったつもりだったが、それも不要のようだった。


気の進まなそうな子供たちを横目に、12日頃から急に現れた台風8号。実際、危険が伴うので海水浴など中止にするのが妥当であろう。私も気の進まない子供たちと無理に海に行きたいとも思わない。

親としては寂しい部分もあるが・・という考え方もあるかも知れない。でもそうではない。これは子供が成長した上での親離れである。親としては歓迎して後押しすべき・・というのは私の考え方である。

そして「家族で海水浴」は今年で終わり。。中止だったけど。。


いろんな時間が急に縮小 急に与えられた自由

以前、別の記事でも書いたが、15年というと、私が身体の弱い母親を見守り、介護して来た時期に重なる。


この時期は子供たちに費やす時間と母親に費やす時間が私の生活の大きな比重を占めていた。GW、夏季休暇、年末年始は特にそうであったが、母親の他界と子供たちの成長により、そんな「費やしていた時間」がここ2、3年で一挙に縮小されたのだ。


今年の夏季休暇は顕著にそんなことを感じる。


「やることがない」と寂しがるか、「何をやっても自由」と喜びを感じるか、それは自分次第である。私の場合、直感的に後者かな。。

今年は仕事の都合で3日しかない夏季休暇だが、ホントにやることがない。ホントにヒマである。今日はまず丸1日ボーっと休んで明日は釣りにでも行こうと思う。それでも明後日は1日空いている。。

他人から見れば大した話でもないのだろうが、小さな自由を満喫している自分がここにいる。


2022年8月6日土曜日

格下としか人間関係を構築できなかった末路

人間関係における格・ランクの意識

思えば中学・高校生の頃からだったと思う。「友達」という存在との向き合い方に悩んだ時期があったが、これは概ね誰でも通る道ではなかろうか。親、親戚、先生、友達、先輩、後輩、子供・・人生にはいろいろな人間関係がある。


それとは別に、良くも悪くも相手に対して「格」「ランク」を探る一面が人にはあると私は思う。これを論じることは大いに賛否が分かれるだろう。また、身分を公表しないブログでこのようなことに触れる自分の格こそ低俗なのであろうが、今回はそれには触れない。

ここでは私が今まで生きてきた中で、人の「格」を意識する部分があり、その結果として良かった部分とそうでなかった部分を書いてみたい。


格下の人間とばかり付き合う理由

振返って考えてみると、私は基本的に格下の人物と人間関係を構築しようとする傾向があった。格上・目上との関係は最小限に留め、また、その最小限の中でも継続してウマク付き合えた関係はほとんどない。。かといってケンカするわけではない。社会的に必要とされる期間は継続するが、それ以上はない。必要なくなれば終わる関係。要するに「最小限」で終わるのだ。


なので、友達や恋人といった自由な人間関係においては、基本的に自分よりも能力が低そうな人、我の強くなさそうな人を選んできたように思える。

ネットなどで調べると、そのような人物(格下の人とばかり付き合おうとする人)は、自尊心が強く、自分を否定されることを強く拒み、また、優越感に浸りたいがために格下と付き合おうとするなどなど・・散々な言われ方である(涙)

まぁ・・もちろん、そんな部分もあるのだろうが、私としては、新しい人間関係ができそうな時、直感的に相手は「自分のペースを乱す可能性」があるかどうか・・を見ていたような気がする。

「自分のペースを乱さない人」は「安心」だからだ。


格下との付き合いで良かったところは

結果的に「選んだ」人物のほとんどが「格下」だった。自分のペースを乱さない存在、自分の意見を通してもなんらトラブルになったりしないであろう存在。。そんな人物のみ自分の周りに置く・・こーゆーのを「人見知り」というのかも知れない。


結局、人間関係において、大きく振り回されて悩むようなことはほとんどなかった。人との関係においては、会社での上司との関係以外は自分でコントロールできるレベルで対処できるからだ。「悩みが少ない」という面においては「良かったところ」と考えていいのだと思う。

長くなったが、ここからが本題。本音である。


格を結婚相手にも持込んでしまった

私は結婚においても「格下」の考えを持込んでしまった。今のところ、このことに関して後悔の念が強い。安心・安全であろう女性を選び、友人から入って人間関係を構築し、やがて恋人になり、ほぼ断られる可能性がないであろうプロポーズをして結婚に至る。。


付き合って3年で結婚。結婚生活も順調。子供も2人産まれた。家内は金遣いが荒いわけでもなく、贅沢なわけでもない、人間関係も異性関係も派手な部分はない。要は、自ら家庭を乱したり、経済的に破たんさせるような要素は持っていない。私としては私のペースを乱さない安心な存在。「格下」の存在なのだ。

ただ、自分のペースを乱さないだけではない。安心なだけではない。あくまでも格下は格下。それは人としての総合力やモラルにも影響する。能力が格下なら人間性も格下。こんな簡単なことに長く気付かなかった。そして、気付いてももう手遅れだった。


家内に抱いた強い不信感

今思えば、最初の子供が産まれて3、4年したころからだろう、家内の子供に対する接し方に大きな違和感を覚えた。長くなるので詳しくは書かないが、夫婦の修復し難い溝が生じたのはこの頃であると思って間違いない。


その数年後、私の母親の在宅介護を廻って溝は決定的となった。完全に心は離れ、現在は必要ななこと以外は会話もない状況に陥っている。そのような状況となってもう5年になる。母は2年程前に他界した。

当時、病気を理由に特養から退居させられた。病気の進行が緩やかだったため、病院への入院も断られた。残された道は在宅介護。要介護5だった介護保険の適用範囲をすべて使い、訪問ヘルパーさんに1日2回来てもらい、私は会社を続けながら在宅介護を行う。下の処理はヘルパーさんと私が行い、食事は高齢者用の宅配食を利用。尽くせる手の限りを尽くしての在宅介護態勢を整えた。

そんな状況でも、家内が私のサポートに前向きでなかったことは態度で察した。たった2ヶ月しかない在宅介護期間(母が体調不良となり緊急入院したため)であったが、その時に私が感じた家内への不信感はいまだに消えない。夫婦としての感情など皆無。離婚しないのは子供たちを不憫に思うからである。


人間性やモラルだけが格上なんてことはない

能力が格下ならモラルも格下。

前者には結婚前から気付いていた。でもそれは自分がカバーすればよいことと考えていたが、後者には気付けなかった。


「特養からの退去依頼」は私としては完全な想定外だった。

不測の事態に遭遇し、仕事と介護の板挟みになっている私を目の前で見ていたにもかかわらず、私が面と向かって状況を説明し助けが必要である旨を話しても承知できなかった家内・・その心境は私には理解できなかった。もし、逆の立場であれば私は積極的に協力したと思うのだが、家内はそうでなかったようだ。

問いただしても明確に答えようとしない家内。言葉の端々を捉えると「できないからやらない」「分からないからやらない」それでいいと思っている節がある。自分の能力以上のことは分からないのだから・・


やらなくていい。


格下をパートナーに選んだ末路

会社でもプライベートでも「分からないこと」は分かるように取り組んでできるようになる・・これが進歩につながるのではなかろうか。私自身はそんな風に考えている。これをしない人物をパートナーに選んでしまった私。。


自分のペースを乱さない人物は、

困っている自分に手を差し伸べることもできない

そんなことを実感したのが40代後半、結婚10年以上経過してからのことだ。たぶん、格下のパートナーは私自身が倒れても私の手助けはしないであろう。

もちろん、当初から家内をアテにするようなするような発想などない。母親の介護の時も同じだった。家内に手伝わせるようなことはあってはならないと思っていたが、当時は不測の事態(特養からの退去依頼)が起こった上でのことだった。

「介護問題」とは性質が少し違うのではなかろうか。夫婦として、家族としての信頼関係の問題であると私は思う。

要するに今のパートナーは「困った時に頼れない」ということ。それが経済的なことではなく、命に関わる身体的なことであっても。。これを夫婦と呼んでいいのだろうか。私は大いに疑問を感じる。

これが、格下をパートナーに選び、安心安全な生活を送ろうとした私自身の末路である。


2022年8月2日火曜日

真夏の釣りは十分な暑さ対策をと改めて実感

 連日の猛暑日。今日も暑くなるだろうと思ったが、中潮の好条件であったため釣りに出掛けた。いつもの河口付近の釣り場である。


学生が夏休みとなっているシーズンである。混雑が頭を過ったが杞憂だった。いつもよりも数人多い程度でガラガラ。やや意外だったが、場所確保の面からは問題なかった。

問題は当然ながら「暑さ」である。最も有効な暑さ対策は「釣りに行かない」だろうが、ムリだった。やはり私は釣りが好きなようである。

今日は暑さ対策の第一として「早朝のうちに釣り実行」を行った。4時に起床。5時半には釣りを開始した。もちろん、日中の暑さ程ではないが、釣り場は既にやや熱い感じがした。


ちょい投げ釣り 酷暑の中で散々の結果

釣り時間は3時間。ちょい投げ釣りをしたのだが、釣れたのはクサフグ3匹だけ。目の前で魚が飛び跳ねることもあったのに自分の竿にはかからない。どうして?


数十メートル向こうにいたニーチャンがサビキでボコボコ青魚系を釣上げている。30~40センチクラスだ。かなり羨ましく思ったが、釣れているのはたぶんコノシロ。きっとコノシロ。。間違いなくコノシロだ!

コノシロは5、6月にサビキでかなり釣ったし、できれば投げ釣りで釣果を出したいと思っていたので、今日は投げ釣りのみに集中した。・・が結果は散々である(涙)。



上達につながるか ネットで疑問解消

ただ、ちょい投げ釣りには少々疑問があった。今日も度々「エサのアオイソメが一部だけ残っている」「釣針ごとなくなっている」ということがあった。でもアタリを全く感じない。アタリもないのにどうしてこんなに仕掛けに変化が起きるのか・・不思議だった。

この疑問をネット上で問い合わせてみたところ、5人の方が回答してくださった(ありがとうございます)。全員、同じ意見だった。原因はフグ!クサフグなのだそうだ。


自分も思い当たる節があったのですぐに合点がいった。今日はクサフグを3匹も釣ってしまったし(すべて即リリース)。以前から釣針を飲み込んでしまう厄介な存在と思っていた。仕掛けを飲みこんで釣上げられるヤツもいれば、食いちぎって逃げるヤツもいたのだ!

あー厄介である。実害を出すだけにホントに厄介である。ネットでは「場所を変える」「ハリスを太くする」などのアドバイスもいただいたので、次回以降の対応策にしたい。

「ビュン!」と竿を振り、遠方から大きな魚を釣り上げる。。思い描いていた釣りができるようになるのはいつのことか・・とにかく投げ釣りを始めて以来の疑問が解消できたので、次の段階へ勧めそうな気がしてきた。

9時前には釣り終了 外気温39度!

冒頭にも書いたが、今日はとにかく「早く始めて早く終わる」を目標とした。6月の釣り時に熱中症になったこともあり、今日は絶対に無理をしないようにした。

7時頃から徐々に酷暑を感じるようになり、8時には一旦車の中で休憩。冷房にあたったのだが、その時、車の温度計が表示した「外気温」が既に39度だった!


おいおい・・まだ8時だけど。。夏休みではあるが釣り場がガラガラなのは、酷暑も一因なのだろう。私なら自分の子供をここには連れて来ない。

休憩後、30分程で用意していたエサもなくなった。9時近くなるといよいよ日差しが強くなり、また、釣り場はコンクリートの堤防のため放射熱がある。前から太陽、後ろから放射熱。。とにかく報道されているような「命に関わる危険な暑さ」を実感したため、釣りは終了した。

たぶん、魚自体はたくさんいるだろう。場所を変えて釣ったり、サビキ釣りに切り替えれば釣れるとも思ったのだが、そんな気持ちが消し飛んでしまうような暑さだった。とにかく危険を回避するために車に戻った。正解だったと思う。

夏の海釣りはどうしても「炎天下」になってしまう。暑さ対策は十分行なうべきだと改めて実感した。


2022年7月30日土曜日

冷めた目 冷えた目 冷たい目

冷たい目線に浸かった日常

いつからだろう。こんな目線を日常的に受けるようになったのは。気付けばもう慣れてしまっているようだ。


今の職場では左の座席には同期の上司Y、右の座席には人見知りアラフォー女のT。共に違う理由でだが私には態度が冷たい。他の人には和気あいあいと親しく話すが、私に対すると態度が一変する。やってる方は気付いているのかどうか知る術もないが、やられている方は結構キツイ。直接何か言われるわけでもないのに、そんな空気を感じるだけでもストレスになるのだ。そんな二人に挟まれての今の座席。。あーしんどい。


慣れてはいるが心はヘコむ 冷たい戦い

でも、そんな空気にはもう慣れてしまっている。別に会社で友達を作ろうとも思わない。親しく話してくれる人だけと話はすればいい。ここ数年はそんな感じで職場にいる。敵が増えるばかりだ。


最近は家でもそんな感じだ。

夫婦関係が完全に倒壊している家内とはコミュニケーションなし。成長した子供たちは、今のところ「おとうさんウザイ」という年頃。理由は違えども家族全員、私に対しての目線は冷たい。

冷めた目、冷えた目、冷たい目。毎日・・毎日である。そんな目線にどっぷり浸かっての日常。慣れているとはいえ結構ヘコむ。


大物職員のお別れ会

そんな日常の中で、昨日、事業所内の大物職員の「お別れ会」があった。本来なら大々的に送別会となるところだが、感染症の影響で簡単な挨拶と花束贈呈のみとなった。仕方のない事である。


ただ、私もそうなのだが、「大物」だったために「お世話になった」私と同世代の職員が大勢いる。私はたまたま昨年東京事業所から戻ってきたが、異動して他の事業所にいる職員もこれまたたくさんいる。大物だけに「息のかかった者」がたくさんいるのだ。

そんな事情で、昨日KとMという職員が東京事業所から「お別れ会」に参加した。「会」とはいっても本当に挨拶程度の5分程度ものである。そのために1時間以上かけてやってきたのだから恩義の感じ方はハンパでないのだろう。


弾まない会話 動きのない表情

KとMは部署こそ違ったが、私と同世代で私と同様に横浜から東京事業所に異動した職員である。横浜時代からの面識で、東京にいても挨拶程度ではあったが、親しい感じで話をすることもあった。昨日はそんな感じで・・久し振りに親しい会話が交わせるのだろう・・などと思っていたのだが・・。


「お久しぶりです」「お元気ですか」

二人とも年下だが、既に管理職のKとMには敬語で話す。それでも親しい返事を期待して二人に挨拶したのだが。

「・・・・・」

弾まない会話。動きのない表情。冷めた目、冷えた目、冷たい目。。。

2、3分と会話は続かなかった。「久しぶり」トークなど皆無。何の話をしたのかよく覚えていない。止まった空気感と気まずさだけが残る後味の悪い終わり方。。。


これは堪えた。


これはヘコんだ。


建前なのか感情なのか 思いがけず走った衝撃

思えば二人も管理職。ウチの会社だけではないだろうが、管理職は社員育成の建前があり、あまり一般職と「お友達関係」にはなりたがらない傾向がある。今の上司Yもそんな調子だ。かつては同期生として親しく付き合ったが、今は上司と部下。組織の建前を通した付合いになってしまっている。隣の席にいて仕事の話以外はほとんどしない。でもそれは会社組織上仕方のない事だとわきまえているつもりである。


KもMもそうだったのかも知れない。直属ではないにせよ、管理職である。万年ヒラの私に甘い顔はできないのかも知れない。

でも今日は「恩義のある人のお別れ会」である。そんな日にそんな組織論を持込まなくてもよいのでは・・そんな風にも思ったのだが、他方で私なんぞと親しく話しても何のメリットもない。老害ジジイと関わりたくもない・・そんな個人の感情を反映しての態度だったのかも知れない・・などと勘ぐってしまう自分がいた。


いずれにいても強くヘコんだ。


胸が痛い 強いストレスを感じたが

私は強いストレスを感じると胸の中心あたりに痛みを感じるのだが、昨日はその痛みを感じた。身体まで反応するような出来事だったようだ。長年、他部署にいながら比較的親しく言葉を交わしてくれていたKとMだったが残念だった。本当に残念だった。


ただ、一方で親しい会話に期待する・・そんな純粋な気持ちをまだ持っていたのかという小さな発見もあった。まだまだ私も捨てたモンじゃないかな。。。

冷えた目に囲まれる日常。でも、案外ストレスなど大して感じていないのかも知れない。なぜなら、月日の流れを早く感じるからだ。横浜から東京に異動して8年。戻って来てそろそろ1年になる。早かった。本当に早かった。もはや会社ではいい事などない。下を見て息を止めて目を閉じて生きているような毎日かも知れないが、案外充実しているのかも知れない。


2022年7月20日水曜日

ようやく分かって来た 51歳での異動の意味

腑に落ちない異動から1年

今の事業所に異動してからもうすぐ1年となる。あっという間だった。このブログでも何度か書いたが、ここは元々私が12年いた神奈川事業所である。その後、異動となり8年、東京事業所でそれまでとは違う業務に携わって来た。そして昨年まさかの再異動。さらにまさかの神奈川事業所への再異動。。


異動のたびに職種が変わり1から出直し。年下に頭を下げて1から仕事を教わる。気分のイイものではないが、その話はいつかまたするとして、この再異動は本当に「まさかの」だったのだ。東京事業所にも不満はあったが、別に仕事を放り出したわけでもなく、異動願を出したわけでもなかった。

元いた事業所に歓迎されて戻って来れるような優秀な人材だったわけでもない。かといって前の事業所で人間関係が上手く行かず(まぁ大して上手く行っていたわけでもないのだが・・)元のところに戻してくれと泣き言を言ったわけでもない。


要は「なぜ私が呼ばれたのか」腑に落ちない部分が多かったのだ。


他人でもできる仕事 別事業所から異動させる理由

今の私の上司は年齢こそひとつ上だが、会社の同期生のY。長年組んで同じ仕事をした。言ってみれば、私は彼との昇進争いに敗れた結果異動となった。絵に描いたようなリストラ劇である。彼にしてみれば、会社全体を通して最も部下にしたくない、関係を持ちたくない人物は私なのだろうと容易に想像できる。


1年ほど仕事をして何となく思うのだが、今の仕事は別に「私でなくてもできる仕事」がほとんどだ。わざわざ別の事業所から扱い難い老害ジジイを異動させてまでする仕事ではないように感じる。私以外にふさわしい人材はいくらでも探せると思うのである。

最初にYから異動の理由について「ウチ(今の事業所)の事情をよく知っている人物が必要で、全く目新しい人はなるべく避けたい」と説明を受けたが、「だから私」というには、あまりにも説得力を感じなかった。

でも、それが最近、あることで答えが見えて来たのだ、それは、ある業務を一緒に組んでに仕事をしている女Tのことであった。

結論から書けば、異動後1年にして既に人間関係が破綻している。

そーゆー女である。


素敵に歳を重ねていない職場のアイドル

Kは以前、アルバイトとして今の事業所で仕事をしていたが、そのまま就職したようで私からしてみれば後輩。歳も7歳ほど下である。人見知りが強く気分屋な部分があり、あまり良い印象を持っていない人物だった。


ただ、いわゆる「美人」で社内ではアイドル的存在。チヤホヤもてはやされる部類の女であった。しかし私が再異動で8年振りに戻った今は見る影もなかった。。容姿のことばかり言うつもりはないが、簡単に言えば「良い年齢の重ね方をしていない」という印象を強く持った。まぁ、Tの内面をよく知っているわけでもないので、私の一方的な決めつけなのかも知れないが・・。

Tと一緒に組んでしている仕事は、部署内でもやや難易度の高い業務。今まではTがひとりでやっていたようだが、そこに私が加わった形だ。Kから業務内容、仕事の進め方、手順等々一から聞きながら行うのだが、初日から感じた違和感・・。

説明する時の口調が荒く、早く、説教を受けているような感覚になる。説明が早過ぎて理解がし難い部分を聞き返したりすると、怒り度合いが一段増しての口調になる。仕事が非常にやり難いのだ。


意見した途端に始まった完全シカト

そんな状況に半年ほどは黙って耐えて来たが、徐々に疲れとストレスを感じるようになった。そのため上司のYに相談すると、何故かTの説明を録音しながら聴くようにアドバイスされた。ある程度の効果はあったが、Tの話し方が変わるわけではない。


そんなこんなで、先日、「そーゆー話し方やめてほしい」と率直にTに話した。上司Yのいる前で堂々と面と向かって話したのだ。その時は「すみません。気を付けます」と言っていたTだが・・・・。

その後、待っていたのは「完全シカト」だった。

かろうじて仕事の話はする。でもそれ以外は「シ・カ・ト」。「私は悪くない」「あなた嫌い」という空気に満ち満ちている態度を感じる。アラフォーにしてまるでガキである。

そしてさらに先週、部署内の席替えがあった。見事にKと私は隣になった。業務上組んでいるのだから仕方ないのだろうが、よりによって隣とは。。完全シカトの女が20cmとなりで1日中仕事しているのである。気分がイイわけがない・・涙


完全シカトは偶然ではなく必然

そしてふと実感したのだ。


これは偶然ではなく必然。。


このためにオレははるばる別の事業所から呼ばれたのか。。


何故そう思うのかといえば、Tの悪態は「最初から」であるからだ。初めて仕事の説明を受けた1年程前に感じた相当な違和感。早口で荒くキツイ口調。聞き返せば口調はさらにキツくなる。。年下の後輩であれば恐怖を感じてしまうだろう。最悪の場合、会社を辞めてしまうだろう。

最初は普通のコミュニケーションであったにもかかわらず、仕事のミスを重ねるなどして次第に口調が厳しくなったのであれば理解できる。それならば私自身にも大いに反省すべき点もあるだろう。でも、Tは最初から。最初から怒り口調なのだ。

今の部署柄、後輩であれば女性の可能性が高い。女同士であればなおのこと、数カ月と耐えられないだろう。


会社における五十路ヒラ社員の隠れた仕事

異動を重ね、いくつもの職場を見て来たが、上からの言葉はかろうじて聞けるが、後進の指導が全くできず後輩を異動や退職させてしまう。。結果、いつまでもひとりで長く同じ業務をやり続ける・・そんな類の輩は珍しくない。Tはまさしくその類だ。


だから私だったのか。。。



Tに対して私は年上で先輩。関係がギクシャクしても恐怖には至らない。仮に私が会社を辞めるようなことを言えば、会社としては大歓迎だろう。上司のYが言っていた「ウチ(今の事業所)の事情をある程度知っている」「全く目新しい人は避けたい」という話は、正確には「Tのことをある程度知っている」「目新しい人はTの悪態に耐えられない」ということなのだろう。


なるほど。


悪く言えば貧乏くじ。良く言えば無二のチャンスを与えてくれた・・とも考えられる。。


まぁいろいろある。本当にいろいろある。51歳にして異動。その意味がようやく分かりかけて来た今日この頃であった。。


2022年7月17日日曜日

シンプルフィッシング より手軽に釣りを楽しむ

コンディション絶好! 久しぶりのちょい投げ釣り

今回の釣りは 前回の熱中症があったため天候・気温にかなり神経質になったが、なんと「曇り時々小雨」という、様々な面で総合的に今の時期においては絶好の天気となった。そして潮見は大潮。会社は休暇。。神様が「釣りに行け」と言わんばかりに与えてくれた一日のように思えた。


最近のコノシロ爆釣れの流れからして、釣れるイメージしかない。今回はそんな流れに乗って、まだ爆釣れの経験がない「ちょい投げ釣り」を試してみた。サビキ釣りよりも広範囲をカバーする釣りである。ざぞかしたくさん釣れるだろう・・そんな思いで釣り場に向かった。


あれ!? 全然釣れない どうして?

ちょい投げ釣りも立派な投げ釣りである。遠投釣り程ではないにしろ、仕掛けを遠くまで投げ飛ばすのは爽快である。人気のない釣り場で広大な海に向かって竿を振り抜く・・これで魚が釣れれば最高なのだが、どうも釣れないことが続いていた。

でも今日は違う。前回、前々回とサビキ釣りで爆釣れだったのだから、今回も必ず釣れる!一体、どんな魚が釣れるだろう。毒魚はしっかり見極めるようにしよう。。などとワクワクと想像しながら釣りをしていたが、待てども待てども魚は釣れず。アタリすらない。。釣りを始めて2時間程、待望のアタリが来て引き上げてみると・・


おーおまえ久しぶりだなぁ。。

15㎝クラスのクサフグである。たぶん今シーズンに入ってからは初めて釣上げたと思うくらい久しぶりだった。持ち帰りもしない、食べもしないので即リリースになるのだが、コイツはたまに仕掛けを飲み込むことがある。厄介なだけでなく実害をもたらすこともあるので、もはや害である。

まぁ、今回は仕掛けは無事だったのでホッとしてリリースした。

そして、しばらくして釣れた2匹目。


大きさ2cm程度のゴンスイ。7号の針に喰らいついて来た強者である。その心意気は賞賛に値するが、こちらも即リリース。今日の釣果はこれだけだった。

残念。。何とも残念な結末。


どうして釣れない 何かがおかしい

今回も潮見は大潮。波が来ると対岸の堤防に海水が溢れそうになる程だった。7月の高気温、ちょい投げ釣りで広範囲をカバー。なのに釣れないどころかアタリすらない。釣れる気配が全くしないのだ。これはちょっと釣り方を見直してみた方がよいように感じた。


思い当たるのはエサ(アオイソメ)の付け方である。はっきり言って今は適当だったので、ネットなどで調べると「通し刺し」という方法が紹介されていた。アオイソメの長さも適当な長さに切って使うそうで・・この辺のやり方を全く反映せずにやっていた。次回はこの辺を改善してみたい。

「ヒュッ」と仕掛けを飛ばし、リールを巻いて魚を釣る・・釣りを始める前に思い描いていた理想の形が実現されるまでもう少しである。ぜひ投げ釣りでしっかりした釣果を挙げてみたいものだ。


シンプルフィッシング

ところで、今回はかなり軽い準備で釣り場に行った。今回は休暇の関係で、魚が釣れても家で調理する時間が確保できなかったので「持ち帰り」をしない考えだったからである。


釣れたら即リリース。アタリを楽しむ事に特化した釣り。なのでクーラーボックスがいらない。氷も持って行く必要がない。。これだけでも準備が相当シンプルになった。

加えて、いつも持ち運んでいた釣り道具で、本当に必要なものだけを選んで持って行くように考えてみたところ、驚くほどシンプルに。中型のカバンひとつと釣り竿を持つだけで出掛けらるようになってしまった。

ゴロゴロとカートを転がして釣り場を移動していたのがバカバカしく思えるようだった。結果、釣り場で不足するモノもなく、快適に釣りを楽しむ事ができた。まぁ、あくまでも「釣れた魚を持ち帰らない」という前提なのだが・・新しい釣りのスタイルができたように思えたのは思いがけない収穫だった。


おとうさんの休日 転職後初めての釣り紀行

休止していた趣味の釣りを再開  4連休2日目。介護職に転職後、初めての釣りとなりました。約1年半ぶり・・。やっぱり昨年は気持ちの部分でも休暇日程の部分でも釣りに行くゆとりがなく、結局、趣味で月2回くらい行っていた釣りを1年以上休止してしまっていました。 今後も月2回は難しいですが...