2021年10月16日土曜日

一周忌 とうとう1年経った 大きく変わった生活環境

一周忌法要と何となくの区切りと考えた1年後

>死に目には会えませんでした。

>でも、これまでのいろいろなことを考えれば後悔はありませんでした。

>母の介護・見守りに費やした6年半は本当に長かったからです。

この気持ちは1年経った今も変わりませんでした。とうとう1年経ちました。昨日、一周忌の法要を無事行う事ができました。


特に根拠はないのですが、遺品整理や自宅の使い方の見直し(二世帯から一世帯へ)などを考え、「1年」を何となくの区切りと考えて来ました。

そして、とうとう来ました。1年後。。本当に早かったこの1年でした。

予想外の変化 職場異動が生活を大幅に変えた

この1年で予想外だった出来事は「職場異動」でした。思いもよらぬ事だったので、異動後もしばらくは何だか実感も湧かない‥そんな毎日でした。9月1日付けでの異動。1カ月半程が経過し、今の職場にも少しずつ慣れてきたかな‥。

詳細は避けるが「在宅勤務あり」の前職場から「在宅勤務なし」の職場への異動。職種も変わり、職場環境は激変!やはり私はサラリーマンである‥ということが実感される。。職場の変化が生活の変化に直結しているから‥。

緊急時から平常時へ

母が本格的に体調を崩してからは「緊急事態」の連続でした。心情的には「容態が悪化しても小康状態が続くことで平常な生活を取り戻せる日がいつかは来るだろう」などと考えていたが、結局、そんな日を迎えることはありませんでした。


容体悪化‥落ち着いたかな‥と思うとまた一段容体悪化‥また落ち着いたかな‥孫(私の子供)たちとご飯でも食べに行こうかな‥と思った矢先にまた容体悪化‥こんなことの繰返し‥。

でも、今回は違う。もう容態は悪化しないから。事実上はもう平常になっているのだろうが、一周忌を終え、喪が明けた日からを「平常」と考えるようにすることにした。ひとつの区切りである。緊急時はこれで終わり。

亡くなった後も与えてくれる恩恵

一周忌の法要後は家族で外食。久し振りの家族そろっての外食。子供が成長するにつれて親とは行動したがらなくなる‥当然のことであるし、それが成長の一端であるのだから仕方ない。日常ではほとんど話すこともなく、ましてや行動を共にすることなど皆無。

そんな子供たちも「一周忌」は協力的だった。

どこかで聞いた言葉ではあるが、亡くなった母が「バラバラになりつつある家族を、時折、一堂に会するよう導いてくれている」ことを実感せざるを得ない。

亡くなってもなお、恩恵を与えられている。。親子とはそんなモノなのだろうか。

改めて感謝である。


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