月命日の墓参り 納骨したお墓としては初めて
四十九日の法要後、初めての月命日を迎えたので、今日は一人で墓参りに行った。月命日は母が18日、父が19日である。今まで墓参りは年1回と少なめだった。父の遺骨を納骨していなかったことや、休暇の日は母の病院に行く用が多かったことが理由である。
先日の四十九日の法要で、母と共に父も納骨した。今まで墓参りに行っても何となく「納骨してないし‥」という感じで「墓参り」と言うよりは「墓掃除」に行くという印象の方が強かった。
加えて、数年前に母方の先祖代々のお墓を改葬したため、我が家のお墓は当家の遺骨が入っておらず、姓の違う母方の遺骨が十数人分(ほとんど粉骨)入っているという奇妙な状態だった。無縁仏・永代供養墓が増加する昨今の世相を反映する状況がウチにもあった。
ふと感じた 母が亡くなってっも変わらない生活習慣
母が亡くなった後、不思議と線香をあげる習慣が続いている。母が亡くなった日、遺体を病院から自宅に移した後、お通夜・葬儀が終わった後、四十九日が終わった後‥もである。朝、起きたらすぐに線香をあげる。その日のすべての行動が始まる前に線香をあげる‥そんな生活になって2ヶ月になる。
今日は日曜日なので会社は休み、仕事疲れもあったので少々遅くに起きたが、午前中に仏壇の掃除をして午後に墓参りに出掛けた。お墓は自宅から車で30分程の場所にある。「墓地」と言うよりも「霊園」「公園」というような雰囲気に近い、敷地内には小さな子供用にホントに公園もある。眺めも良く、暖かい日に散歩など楽しめるような場所だ。
昼食の後、一人車に乗って霊園に向かった。15時‥そろそろ夕方に差し掛かる、快晴だが北風が冷たい。。私によくある休暇の行動だったのだが‥ふと思ったことがあった。
同じだ。。
そう、、変わっていない。また同じ生活が始まったのだ。
つい半年ほど前まで、休暇の日の午後は一人車を走らせて母が入院する病院に見舞いに行く事が多かった。母の居場所が病院であれ介護施設であれ状況は同じ。行き先が変わっただけで見舞いに行くタイミングは同じ。いつも休暇の日の午後だった(たまには子供たちを連れて行くこともあったが‥)。月に2、3回。。そんな生活を14年続けた。
そして母が亡くなり、そんな生活も終わった‥と思っていたのだが、今日、墓参りに行く途中、車の中で感じた。同じような生活がまた始まったのだ。「病院」から「お墓」へと行き先が変わっただけ‥。
死は「別れ」ではなく「付き合い方の変化」
以前の記事にも書いたかもしれない。とうとう父も母も亡くなった。悲しいことである。落胆して号泣‥というわけではないが、日々何となく力が入らない‥気が付くと何となく両親の事を考えている‥そんな事が多い昨今である。
しかし、一方で、私の中では母の死は「別れ」というよりも「付き合い方の変化」と捉える考え方もあった。おかしな発想かも知れないが、私自身の日々の生活の中では、「何となく同じ‥」と実感する部分もある。14年続けてきたことが改めて継続されているからだ。
今、私は可能な限り月命日には墓参りに行きたいと思っている。それは月に一回‥頻度は下がっても「休暇の午後に一人車で出掛ける習慣」は継続されることにつながる‥両親は亡くなったとはいえ、休暇の日の午後に両親のために行動することに変わりはない。私の記憶に両親が消えることもない。「最終形」なのかもしれないが、両親との付き合いはこれからも続く、墓参りの習慣も続く。そしてこの習慣には終わりはない‥私の健康が続く限り‥。
夕方に近い霊園。。ほとんど人はいない。今日はそんな感慨に耽りながら花を手向け、線香を焚き、墓前に手を合わせる‥建立から14年。父と母が入ったお墓に初めて墓参りをした日となった。


0 件のコメント:
コメントを投稿