父親の立場から思うアメリカ大統領選挙
バイデン議員とトランプ大統領が争ったアメリカ大統領選挙。政治的なことは詳しくないので、いわゆる「法廷闘争」が取り沙汰されている今の状況の是非を論じるわけではない。ここでは子を持つ一人の父親としての立場からの話である。
私には高校1年生と小学5年生の息子がいるのだが、結論から言えば今の状況をあまり子供と話したくない。話す気がしないのだ。
理由は簡単‥「正々堂々」「潔さ」「フェアプレイ」‥こういった言葉から明らかにかけ離れている。運動会の徒競走で2位の子が、1位の子に「お前、フライングしただろ!」と言ってるのとあまり変わらない感じがする。
カッコイイ大統領カッコイイ大人
今回のアメリカ大統領選挙において不正があったのかどうかはわからない。「勝者が不正をしたのか」「敗者が言い掛かりをつけているのか」それはわからない。ただ、いずれにしても「全力で戦った者同士のリスペクト」「勝者の敗者に対する労い」「敗者の潔さ」が表に見えてこない。単純に見ていて見苦しいのだ。
「政治は大人の世界のものだからドロドロしてあたり前」そんな考え方もあるだろう。しかし、アメリカ大統領選挙たるや子供たちの夢や希望、お手本であってほしい願いもある。「将来は総理大臣や大統領になりたい」と思う小さな子供も見ている。将来は政治の世界を志す中高生も見ている。この事態を私たち大人は何と言って子供たちに説明すればよいのだろう。
物事のありのままを伝えて子供に判断させる‥日常的には私はこんな感じで子供に接してはいるが、今回の選挙の事態は、何となく「ありのまま」を伝えることにためらいを感じる。「失望」とまでは行かないのだろうが、政治に対して関心を薄れさせる原因となってしまう。そんな気さえする。いい大人が勝負の後に揉めている‥それが国会議員だとして‥大統領だとして‥誰がそれをカッコイイと思うだろうか。
フェアプレイ精神を伝える役割
昨年5月の令和への改元、今年8月の安倍総理の退陣など、政治的な大きな出来事の時には、なるべくそのことを子供たちと話すようにしていた。少しでも政治に関心を持たせたいという気持ちもあるが、今回の大統領選挙については、政治への関心だけでなく「勝負に対する姿勢を学ばせたい」気持ちもあった。
後者はスポーツ観戦などでもできそうだが‥案外テレビ中継などで試合後にお互いを称える‥なんてシーンはほとんど放映されない(サッカーのワールドカップやオリンピック‥くらいか‥な)。勝敗(開票結果)が決した後にお互いが称え合い、握手をし、敗者は潔く負けを認めて政権を譲る‥そして選挙によって一時的に「分断」した人々が統合に向かって協力し合って行く‥そんな「フェアプレイ」のプロセスをテレビ越しにでも見せたかった‥そんな話を子供に伝えたかったのだが‥台無しだ。
アメリカ大統領選挙 今回は話さない
事の真偽がどうなのかはわからないし、それを論じるつもりもない。大袈裟かも知れないが、民主主義の頂点、子供たちの夢や希望、お手本となるべくアメリカ大統領選挙で、投票が済んだ後になって「不正」だの「法廷闘争」だのと騒がれている時点でNGである。それは「正々堂々」でもなく「フェアプレイ」でもなく、勝負を決した後の「潔さ」もないからだ。
なので、今回のアメリカ大統領選挙のことは子供たちと話していない。

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