胃ろう造設手術可能との連絡があった
昨日の夕方、母が入院する病院から連絡が入った。「胃ろう造設手術可能」「手術は9月下旬に行う」とのこと。とりあえずホッとした。直感的によかったと感じたのだが‥一体何に安心したのだろう。
正直に言えば「母の命が有限になることがなくなった」ことへの安心である。先日の主治医の話によれば「胃ろうを行わなければ生きられるのは2~3ヶ月」である。表現が不適切かも知れないが、その「2~3ヶ月」がとりあえず消えたのである。
主治医は「胃ろうを造っても効果が出るとは限らない。」とも話していた。そうかも知れない。生きられる期間が長くなる保証などどこにもない。でも、胃ろうを造りしっかりした栄養を取れば、長く生きられる可能性も出る。
その「可能性が出る」ことが大切なのだ。
私としては、コロナの心配が薄くなって「面会禁止」が解除され、子供たちと面会できるようになってほしい‥と願うのである。
ただ、一方で「いつ何が起きてもおかしくない状況」には変わりない。そもそも造設手術を行う9月下旬まで身体は大丈夫なのか‥なんてことまで心配になる。もう祈るしかないのかもしれない。
要支援1から要介護5まで
平成18年に父親が亡くなった。67歳だった。父は脳疾患で本当に「ぽっくり」と亡くなった。それまで普通に元気で、毎日早朝から近所の公園を散歩し、当時から足腰の悪かった母の介助をしていた。定年退職後の生活を元気に暮らしていたのだが、ある日突然倒れ、そのまま昏睡状態。一度も意識を戻すことなく、倒れてから一週間で亡くなった。
その日から、母の介助は私にバトンタッチされた。当時の母は歩くこともでき、ゆっくりであればほとんどの事を自分でできたので、介助と言っても、「スーパーへの買い出し」「月2度の通院の車での送迎」くらいだった。
思えばそれから14年。
当時「要支援1」だった要介護度は、今は「要介護5」。自宅からデイサービスに通うこともあれば、正式に老健に入所、特養に入居したこともあった。とある事情で在宅介護をしたこともあった(2ヶ月だけだったが‥)。また、認知症だけでなく、脳梗塞や膠原病など複数の病気を持つ母。病院への入退院を何度も繰り返した。
介助14年、とうとう私の役目は終わりか?
子供としての義務感‥もあったかもしれない。偽善的なことを言うつもりはないが、やはり、第一は「何とか母を安心させてやりたい」という気持ちが第一だった。今思えば、14年間、ここまでやり通せたのは、そんな気持ちがあったからなのだろう‥と思う。
そして、
こんなこと思ってはいけないかも知れない。それこそ不謹慎かもしれないが、胃ろうについて前向きでなかった主治医に承諾をもらい、造設手術を実現できたことで「私の役目は終わったかも知れない」という考えが脳裏に浮かぶ‥。
もう転院することも、介護施設へ移動することもないだろう。母が必要とするモノを病院へ運んだり、様々な書類の手続き、金銭的な問題を片付けて母を安心させることもなさそうだ。孫たちに会わせて喜ばせるということも‥現実的には‥もう出来そうもない。
後は手術が無事に終わり、母が静かな時を過ごせればそれでいいのかも知れない‥などと思った。
とにかく、9月の胃ろう造設手術が無事に終わることを祈る。
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