2022年1月19日水曜日

国際宇宙ステーション(ISS)が見えた!

今日はISS観測のチャンス!

今日は休暇だったのだが、朝起きて何気なくパソコンでネット見ていたら。「今日はISS観測のチャンス」の記事が目に入った。


ここ数年来「ISS観測のチャンス‥」の記事は何度も目にしたが、なかなか見ることができなかった。自分一人ならどうにでもなるのだが、子供たちにも見せたい‥となると条件が一気に厳しくなるのだ。

 ◆私の休暇日である

 ◆時間は夕方から夜にかけて(真夜中はNG)

 ◆自宅から見やすい方角をISSが通る

 ◆天気が良い

この辺の条件が揃うことはなかなか難しい。まだ幼稚園児だった長男と初めてISSを見てから、もう十数年経っている。次男にもしっかり見せてやりたいと思って何度もトライしているのだが、なかなか叶わなかった。

ISS観測の個人条件が揃う!!

しかし今日は、天気以外の条件が揃っていた。午前中は曇っていたのだが、天気予報は「曇りのち晴れ」。ここ数年来、類を見ない絶好の好条件だった。

そして夕方。予報通りに雲は晴れ、南西の空はほぼ快晴。小学6年の次男と共に自宅2階のベランダから空を眺めた(高校2年の長男は学校から帰っていなかったので‥)。数分後に程なくISSが現れた!バッチリ見えた!!


写真はスマホで撮影したものを拡大したものである。たぶん間違いないと思うのだが‥こんなにしっかり撮れるものなのだろうか‥スマホ恐るべしである。。

低い位置から見え始めたが、最初は赤い星が動いているような印象だった。光は徐々に強くなり、次第に赤から白色系に変化して行った。音もしないし、肉眼では「点」が動いているだけなので、飛行機ではないということは容易に実感できた。

ゆっくり動くのだから流星でもない。もちろんUFOでもない。次男にとっては「始めて見るもの」である。あまり興味もなさそうな様子だったが、「こういうものもある」ということを実感できればそれでいいと思っている。ただ、今日の「こういうもの」は宇宙ステーションという超大物だ!

SFの世界が現実になっている実感

「宇宙ステーション」なんて、私が子供の頃はSFの世界そのものだった。でもそれから40数年後に、私の子供たちはリアルに「宇宙ステーション」を目の当たりにしている(400㎞離れた彼方からだが‥)。

あと40年後には、本当に「夏休みは月へ3泊4日で家族旅行」なんて世界になっていてもおかしくないように思える。


2022年1月10日月曜日

足が動かなくなった恐怖を感じて思うこと

雪の日の夕方 足に激痛が走った

先日、仕事始めの当日、午後から大雪となった。夕方になっても雪は止まず、電車が止まらないことを祈りながら会社を出た。社屋を出てから数分経った頃からだった。


左足が痛い…


そう感じた。

特に気にもせず傘をさして足早に駅を目指したのだが、思いがけず痛みは増し、痛む範囲も広がって行った。それでも気になるのは雪の積もった路面で滑らないようにする事だった。滑りに気を付けるがために少々ぎこちない歩き方にもなるので、多少足にも負担がかかる…そして足が多少痛くなることもあるだろう…などと思っていたのだが…


そんな「多少」の範疇を軽々と越えて痛みは増大して行った。


認めざるを得ない足の痛み

社屋から駅まで7,800mである。歩いて10分足らず。とうとう、自分の中で痛みを認めざるを得ない状況まで来てしまった。足が痛い。足が動かない…。左足のみならず右足も…一歩を進めるだけでも苦痛を感じる。


立ち止まろうとも思ったが、立ち止まればますます痛みは増大するように感じた。直感的にではあるが「冷え」によるものであると思ったので、何とか早く駅に辿り着こうと思った。社屋から出る時は何の痛みもなかった…急にである。急に歩けなくなるほどの痛みが下半身全体に走ったのだ。

体調が悪い訳ではない、だるさも頭痛も喉の痛みやセキもない。私の体の中で何が起こっているのか…わけが分からずやっとの思いで駅に辿り着いた。ちなみに階段など登れるわけもなく、エレベータで駅の中を移動してホームに着いた。

電車に乗ると痛みが引いて行った。ゼロにはならなかったが、大幅に痛みが引いている実感があった。やはり「冷え」から来る痛みであることには間違いないようだが…しかし自宅そばの駅に着き、電車を降りると再び痛みが増した。やっぱり歩くのも大変である。通常、駅からは健康のために30分程歩いて帰宅するのだが、その日はたまらずバスを使った。

試行錯誤の結果 辿り着いた考えはカゼ薬…

次の日は出勤したのだがちょっとした格闘だった。痛みは前の日と変わらない。外に出て冷えると痛みは増し、屋内では痛みが引く。階段の上り下りでは常に痛みが走る…明日は休暇なので今日だけ我慢しよう…その思いだけで1日乗り切った。


体調が悪くないのなら…もしかして年齢によるもの…足腰の弱体化によるものなのだろうか…そこに考えが及んだ時にはかなり落ち込んだ。ここ数年来、下痢、遠視、血圧上昇など、年齢によるものであろう身体の変化が次々と現れていたからだ。


今度は足腰…


足腰の自由が利かなくなれば決定的に生活に影響が出る。考えれば考えるほど悪い方向に思考が走る。不安な気持ちに浸りながら1日を過ごした。


年の功 先年の経験が回復のヒントに

ただ、その日の夜、ふと以前に「急性胃腸炎」を患った時のことを思いだした。簡単に言えば「腹にくるカゼ」である。冷えるとうずくまってしまうような強い腹痛を感じ、温かい場所では痛みが治まる。体調不良が伴う場合もあれば、体調が悪くないのに腹痛だけがある場合も…腹に何か悪い病気でもあるのでは…と強い不安を感じたものだ。


もしかすると今回もそんな感じではなかろうか…カゼと足…何の関係もない可能性の方が高いが…失笑される可能性もあるが…急性腸炎の時も「カゼからくる…」と言われ驚いた経緯がある…今回だって驚くようなことがあってもおかしくない…

そんなこんなで、試しに普段飲む市販のカゼ薬を飲んでから就寝した。すると次の日の朝…なんとすっかり痛みが消えていたのである!

飲んだのはどこにでもあるカゼ薬である。どこにでもある総合感冒薬である。完全に効いたようだった。でも昨日までの苦痛を考えると医者に相談しない手はなかった。朝食後にすぐに近所の医者に行った。

受付では「整形外科でなくていいのですか」と聞かれたが、筋肉やスジの痛み…いわゆる外科的な痛みではないように思えたことや、昨夜飲んだカゼ薬が効いていることも踏まえて内科の受診をお願いした。

診察ではこれまでの経緯を説明したが先生も首をかしげていた。「足腰にくるカゼ」「カゼの菌が足(下半身)に入る」…そんなことがあるのかどうか…先生の結論は「様子を見ましょう」だった。総合感冒薬が効いているのならそれで様子を見ましょう…とのことだった。

痛みが消えても考えさせられた

結局、痛みは完全に消えた。自宅から駅までの歩き通勤も再開した。もちろん油断は禁物だが、今回は「カゼ」で結論付けてよささそうな感じである。

たった3日間の騒動だったが、今回はいろいろな事を考えさせられた。今、私が歩けなくなったらどうなるのだろう。働く事ができなくなり収入を絶たれた父親を家族はどう思うだろう。それは紛れもなく恐怖だった。

子供たちはもしかしたら「おとうさんを支えなくてはいけない」「家を支えなくてはいけない」などと思って奮起してくれるかもしれない。でも経済的な負担を子供たちや家内に背負わせることは到底できない。ただ、今の家内との関係を踏まえれば「金の切れ目が縁の切れ目」になる可能性の方が強い。

詳細を書けばキリがないが、その後は絵に描いたような転落人生になるだろう。。そんなことを想像させるくらい今回の足の痛みはインパクトがあった。

もちろん、今回の痛みをカゼと断言できるわけではない。年齢による身体の弱体化が原因になっている部分もあるかも知れない。

これまでも健康にはかなり気を遣って来たつもりではあるが、これまで以上に健康のことを考えて行かなければならないと痛感させられた出来事だった。


2022年1月2日日曜日

天文学者が夢だったけど ホントにやりたかったことは

天文学者を志した小学生時代と現実

なぜ今こんなことを書くのかとも思うが、正月に時間もあるのでちょっと書いてみた。

私が小学2年の時、「宇宙」の図鑑と天体望遠鏡を親に買ってもらったことがきっかけで、星を見るようになった。太陽、月、木星、土星、金星、水星‥などなどである。

中学生の時、宇宙を扱う月刊誌を読むようになり、毎月、ひとりでプラネタリウムを観に行くようになった。親に頼らず電車に乗って出かけられるようになったきっかけは「宇宙」だった。加えて、星座の位置などがすぐに表示できるという事を聞いたため、当時はまだ目新しかったパソコンを始めた。

後年、情報処理技術者試験に合格し、仕事として10年ほどIT関連の教員をしていたが、このきっかけになったのも「宇宙」だった。

高校生になって大学受験を意識し始めた時、初めて「現実」と衝突した。「天文学者」になるには途方もない学力が必要だということ‥宇宙を仕事として行くのは大変な狭き門であるということ‥。

学者なんて身分不相応というより努力不足

色々調べて行くと「天文学」でなくても宇宙を学べる学問があることを知った。物理学だった。なので大学受験は「宇宙」「物理」「IT」を主軸として学部を選んだ。「宇宙」は夢の夢を追うため。「物理」は夢と現実の両方を見据えて。「IT」は現実的な将来の就職を考えての事であった。

結果的には「物理」の学部に進学した。4年次には「宇宙線」の研究室に入った。今思えば努力不足も甚だしかったが、若気の至りで大学院に進み、物理学者を目指している気分になっていた。ただ、力不足は明白であった。大学院は修士課程で終え、25歳で就職した。


就職後も4、5年程だっただろうか、休暇を利用して研究室に通っていた。観測機材のメンテナンスや観測したデータをパソコンで分析するようなことを続けていた。このころ、自分は研究すること・物事を調べて新しい事を知る‥といったが好きなのだということを悟った。

いつしか始めた現実的な人生 現実的な大人

就職は宇宙とは関係ない仕事だった。時が経ち仕事も忙しくなり、結婚して子供が産まれ、親を介護・見守りする必要も出て来た。いつしか宇宙・研究からは離れた生活となり、自分の見る「夢」も変わって行った。現実を即した上で、その延長線上に立った現実的な夢を見るようになっていた。


仕事・家庭の「必要な仕事」に明け暮れて十数年が経った40代後半のある日だった。子供たちも成長して手が掛からなくなって来た。会社の仕事は相変わらず忙しかったが、20年も仕事をしていれば力の入れ加減もわかって来る。次第に時間と気持ちの余裕を感じるようになった。

古本屋で拾った夢 100円で売っていた本から

母の病院見舞いの帰りにふと立ち寄った古本屋で「物理」の本が100円で売られていた。手に取って読んでみると懐かしさと共におもしろさを感じて止まなかった。おもしろくておもしろくて‥とってもおもしろくて‥100円なら無駄になってもいい‥結局その物理の本を買って読んでしまった。


古本と言っても一般的な教科書として使われるような本である。多くの数式や例題・問題なども盛り込まれている。次第に目で追うだけでなく数式を紙に書いて理論を追うようになった。難しい理論や忘れた公式はインターネットで調べる事ができた。ネット上では動画の解説もあり、自身で質問すればネット上で回答してくれる人もいる。。20数年前より独力で学習する環境は格段に良くなっていた。

あくまでも「仕事の合間に」ではあるが、1年程かけて上の古本(正確には物理学の「力学」というテーマの本)を完読してしまった。仕事の合間に‥他の用があればやらない‥時間的にはそんなダラダラした「趣味の領域」ではあるが、決して妥協せず、完全理解を目指した学習‥インターネットの存在がそんな独学を可能にした。

40代後半から 結構出て来た自由な時間

昨今の社会状況も後を押した。自分の時間が増えたのである。会社は定時帰宅を推奨し、家では子供たちも手が掛からない‥むしろ「お父さん関わらないで‥」といった感じである。そう‥時間があるのだ。


どうせ長く続かないだろう‥とも思っていたのだが‥継続中である。物理学では「力学」の次に学習すべき「電磁気学Ⅰ」の本をネットで購入した。ワクワクしながら少しずつ読み切った。そして、先日「電磁気学Ⅱ」の本を読み始めた。。細く長く物理学の本を読み始めてもう3年になる。物理学は学習を進めれば様々な分野に到達できるが、その中に「宇宙」の分野も含まれる。

もちろん、そんな高度なところまで学習して行けるかどうかなど分からない。でも机上の学習を続けることは「多くの時間をかければ不可能ではない」そして「その時間を確保できる見込みができた」のだ。

もはや夢など見ることはないだろう‥と思っていた私に、ふとしたところに夢が転がっていた。。そのきっかけは古本屋だった。

自己満足でもいい 本当にやりたかったこと

10代後半、20代の頃は、どうしても自分の夢に職業を重ねてしまう部分があった。それは社会を生きる人間として仕方のない事であった。私に限ったことではないかも知れない。。50代となった今、振り返れば必ずしも成功した会社員生活ではなかった。会社に嫌気が差し、独立開業を目論んだ時期もあったが、到底力不足‥というより覚悟不足だったという方が近い‥で実行せずに終わってしまった。


これは、あくまでも私個人の話ではあるが、私は本当に天文学者に、物理学者に、独立してお金持ちになりたかったのだろうか‥今落ち着いて考えると、そうではなかったのだと思える。

子供心に、将来、何かしらの「職業」に就かなくてはならない。ならば、やりたいことを職業に‥という思考だった。「学者」や「経営者」に心底なりたかったわけではない。

地位・名誉・お金・地域への貢献‥そういったものではなく、単に宇宙の事が知りたいだけ。宇宙がどうなっているのか知れればそれでいい。身勝手で安っぽい考えなのだろうが、嘘偽りのない率直な考えである。そして、今では週に3~4時間程度ではあるが、物理の学習を続けていることが私の生き甲斐のひとつであり夢でありモチベーション維持の土台となっている。

そのことに気付いた時、少し嬉しい気持ちになった。少し自分を好きになった。

あと20~30年。長く生きた分だけ宇宙の真理に近づける。。たまに息抜きで釣りに行く。50代以降の私の生活はこんな感じになるだろう。


サンタクロースが来ない日

枕元のプレゼントを止めることにした

少し遅くなってしまったが、印象に残った出来事だったので書き留めておきたいと思う。。今、箱根駅伝を見ながら記事を書いている(汗)。

昨年のクリスマス(つい先日だけど‥)は、遂にサンタクロースが来ない日となった。長男と次男が4歳離れているので、長男に「枕元にプレゼント」をやめた後も次男には続けていた。

なので通算してサンタクロースは15、6年来たことになるだろうか‥。昨年、次男の様子を見ながらだったが‥「枕元にプレゼント」は、止めることにした。


長男の影響もあり、次男はサンタクロースに期待しなくなる時期が早く来た。小学3年の頃には既に「特にプレゼントはいらない‥」ような事を言っていた気がする。一昨年、5年生のクリスマスに枕元に置いたプレゼントには手も付けていなかった。

親としては寂しく感じる部分もあるが、私としては子供が成長してくれている事の方を歓迎したいと思っている。昨年のクリスマスは、長男(高校2年)、次男にはアマゾンギフト券を渡した。欲しいものは選ばせて、購入は私のアカウントを使って私が購入する形だ。

そんなこんなで、長男の枕元に初めてプレゼントを置いた日から15、6年になるが、昨年から、ウチにサンタクロースは来ないこととなった。

サンタなんていねぇ~よぉ~

でも、私は子供たちに「サンタクロースはいない」とは言ったことがない。これからもそうである。クリスマスに来なくはなったけれども「いない」とは一度も言っていない。これには理由がふたつある。


ひとつ目は子供たちに「考える・想像する」という機会をなるべく多く持ってほしいからである。「サンタクロースはいない」と私が言い切ってしまえば、子供たちはサンタクロースのことについて考えなくなってしまう‥想像することを止めてしまう。このことが私としては嫌なのだ。サンタクロースはいる・いない…そこをきっかけにいろいろな想像を巡らせて、いろいろな考えを膨らませてほしい。それが思考力を強くするとも思っている。

ふたつ目は、子供たちに「心の奥行き」を持ってほしい。そんな大人に成長してほしいと思う部分である。「サンタなんていねぇ~よぉ~」と言い切ってしまうより、「‥えッ‥もしかして‥いてもいいんじゃない‥」みたいなことが言える人物になってほしいものだ。

また次の世代でお世話になります

サンタクロースには、今まで私や子供たちに想像力や楽しみを与えてくれたことに感謝したい。ウチでは当面疎遠になるが、また次の世代で縁があるかも知れない。夢は持ち続けて行きたいものである。


2021年12月8日水曜日

思いがけぬ出来事 いくつになっても変わらないココロ

思いがけない出来事で終始した今年後半 

9月に異動して3ヶ月が過ぎた。あっという間だった。最近はできる業務も増えて来て、終日右往左往する日々になって来た。本格的に今の職場に入り込んで来ていることを実感する。


気付けば12月。今年も残りわずかである。思えば年初めに今の状況を誰が想像できただろうか。7月の異動命令から急変。。7月以降は大変な勢いで日々が進んで行った。ホントにあっという間の2021年後半だった。

そして、もうひとつ意外な出来事がある。職場に気になる人ができてしまった。アルバイトの女性Yである。

自己主張なしの中年オヤジにチャンスなし

職場には多くの女性がいる。社員だけでなくアルバイトも多い。もちろん、歳も歳で日々の生活の中で恋愛を最優先にするような気持にはなれない。10代、20代の頃のようなパワーは湧いてこない‥恋愛に関してはあくまでも受身でしかない昨今だった。


特に自己主張の強いルックスを心掛けているわけでもない。会社では万年ヒラで職場を転々とした中年オヤジである。受身であればなおさらそんなチャンスが生まれるはずもない。不倫などという言葉とは自然と疎遠になる‥。別にそれでいいと思っていた。

でも、思いがけずそんな気持ちに変化が起こった。Yには何となくココロに通ずるものを感じたのだ。

いくつになっても変わらないココロ

まだ今の職場に来て3ヶ月である。意識し始めたのは1ヶ月程前であろうか。。


社員を含めてシフト制になっている勤務体制。出勤時にまず気にするのはYさんの出勤。出勤していれば嬉しく思い、休暇であれば何となく落ち込む。。

やってることは20代の頃と変わらない。。。

誰に知られる事でもないが、そんな「出勤チェック」をしている自分が何だか恥ずかしく感じる。「いい歳をして‥」を実感するのである。

以前もそうだったが、今の職場にもマドンナ的・アイドル的な女性社員はいる。そんな子達にオトコとして興味がないと言えばウソになる。でも、妙なアプローチをかければ目立ちもするし、格好の噂のネタになる。年齢的に「何ハラ」と言われるか知れたモンじゃない。。そんなメンドウと天秤に掛ければ、アイドル達に手を出す気には到底なれない。

探し続ける 身の丈にあった人

もちろんはっきり尋ねたわけではないが、Yは私より10歳ほど年下であろう。「10歳下」でも40代である!見た目だけで言えば30代後半から40代。最初は「アルバイト(パート)の主婦の方」と思っていた。


タイトルにも書いたが、いくつになっても変わらないココロがある事を最近実感する。3ヶ月の間で多くの方々とコミュニケーションを取る中で、自然と恋愛対象を選別している自分がいる。。

簡単に言えば「身の丈に合った人」を本能的に探している。いつからか‥自身の身の回りで‥職場で‥そんなことをしていた。これは人の本能なのだろう。。家内が性の対象、恋愛の対象でなくなって数年来。。探し続けているのかも知れない。前者は金で解決できるし、今までそうして来たが、昨今の社会事情によって、ここ1、2年は完全ストップである。

ただ、後者はそうは行かない。相手あってのことである。家庭や会社の状況を踏まえ、今の自分の身の丈に合い、なおかつwin-winの関係をお互いに築ける相手‥そんな人はまずもって選択肢が少ない。そんな人がいたとしてもその人が私なんぞに興味を持つ可能性まで考えればほぼゼロである。。。

可能性が限りなく低いのであれば、そんなことに時間も労力も掛けたくなくなる。おのずとルックス維持などもしなくなる‥悪循環である。そんな負の循環にすでにどっぷり漬かっていると思っていたのだが‥

拒否・無視していないというサイン

Yに会って少し考え方が変わった。こちらが興味を示していることは簡単に伝わっているのだろう。人なんてそんなものである。その「こちらの興味」にほとんどの女性は「拒否・無視」であるが、Yにはすこしだけ「反応」を感じた。


50年生きて来て何度も何度も何度も経験してきた例の「勘違い」なのかも知れない。それとも男の目をこちらに振り向かせるための女性の「作戦」なのかも知れない。「私はあなたに興味があります」というサインをYには感じるのである。

勘違いでも構わない。作戦にハマった冴えない中年オヤジでも構わない。最近は出勤することに少し楽しみを感じるようになった。

どうせ成就しないのに。どうせ勘違いなのに。どうせ虚しい結末を迎えるだけなのに‥。いくつになっても変わらない‥懲りないココロを感じる今である。

異動となって職場のアルバイトさんにココロ惹かれて出勤を楽しみにしている‥今年の年明けに誰がそんな状況を想像できただろうか。

明日からまた、Yとの距離をどうやって縮めて行こうか‥そんなことを考えて幸福感を味わっている自分がいるのである。


2021年11月25日木曜日

縮小された釣り場でなんとかやってる平日釣り

平日ならなんとかできる工事中の堤防釣り

平日、快晴、無風、中潮の好コンディション。残念ながら工事が始まり大幅に縮小された釣り場。場所が確保できない心配もあったが、何とか確保。7時前には釣りを始める事ができた。



堤防は本格的に工事が始まっているようである。なるべく早く工事が終わり、元の広々した釣り場に戻ってもらえるよう祈るばかりである。

ただ、今日は快晴!空も海も青く広く。いつもながら日頃の喧騒から解放された気分に浸るには十分な景色だった。





フグに始まりフグに終わる釣果

今日は一投目からアタリがあった。そこそこの引きで幸先良しと思ったのだが、釣れてみればやや大型のフグだった。

今日は風がなかったからだろうか、コツコツと魚がエサをツツイテいる(だろう)感じもよくわかった。釣れるまでは行かなくともコツコツからアタリに移行して最後はバレル‥という事が何度もあった。かなり釣りを楽しむ事ができたのだが、実際に釣れた魚はすべてフグだったことから考えると、コツコツ来ていた魚たちもみんなフグだったかな‥などと想像してしまう。

ウツボが釣れた!隣のおじさん

隣でサビキ釣りをしていたおじさんに強いアタリがあり、一生懸命引き上げていたのだが、釣上げたのがなんとウツボだった!

後で調べたのだが、ウツボは食べるとウマイそうだが、獰猛で釣れた時には相当な注意が必要とのこと。おじさんもウツボが釣れることは想定していなかったらしく、相応の準備をしていなかったようだ。

5、60cmはあるしっかりしたウツボだった。確かに噛み付かれたりすれば事故になりかねないような元気さだった。おじさんは釣上げた後にしばらく放置し、少し弱ったところを見計らって仕掛けを外してリリースしていた。

あんなの(ウツボ)釣れるんだ‥!!

私の率直な感想である。ホントに海釣りは何が起こるか分からない。

ラインが不足 交換用を持っていてよかった

私としては初めての経験だった。ラインが不足してしまったのだ。


サビキ釣りから始めた昨年。なぜリールにこんなにたくさんの糸(ライン)が巻き付いているのか、よく理解できていなかった。


いくら何でも100mも遠投しないし‥


今年から「ちょい投げ釣り」を始めてラインの消費が極端に多くなったのは実感していた。原因は「根掛かり」である。

今日も何度も根掛かりがあり、仕掛けごとラインを切らざるを得ないケースも2度あった。その度に10m程度のラインを消費してしまう…あまり良い例ではないのだろうが、長い長いラインがリールに巻き付いている理由がひとつ分かった気がした。

ちなみに「予備のライン」は用意してあったので、初めて「ラインの交換」をやった。やってみると案外簡単で10分程で交換できた。


なんかカッコ良くない 釣り場で響く話し声

今日は最後にこんなことを書いておきたい。平日に釣りに来るとよく目にする光景なのだが、今日も友達同士で釣りに来ている学生(男の子二人)の姿があった。

特にガラが悪い訳でもない。礼儀やマナーに反している訳でもない。なので結論としては「問題なし」なのだが、今日少し気になったのは「話し声」だった。

狭くなった釣り場とは言っても開けた屋外。本人たちはマスクもしている。悪びれた感じもない。大いにコミュニケーションを取り、意見交換すべきである。そんな経験は彼らの将来に大きな財産や武器になる。その辺は理解しているつもりなのだが‥

ただでさえ人気の少ない釣り場に響く二人の話し声。。。

どうやら学校での先生の不満や、勉強の方法など「雑談」に花が咲いているようだった。1時間、2時間‥とにかくずーっと話している。その会話能力には恐れ入る気もする。でも理由はわからない。何となく感じる私の違和感は何なのだろうか‥

簡単に言い切ってしまえば「爽やかさに欠ける」「カッコ良くない」のである。

オジサンに言わせてしまえば「それ、学校で会った時に話せば‥」と思ってしまう。釣りに来て、周りに聞こえる声で、延々と話すことなのだろうか‥。
二人で釣りに来るような仲なのであれば、周囲に聞こえない程度の声で気になる女子の話とかすればいいのに‥。

どーでもいーオジサンの自論が最後になってしまったが、とにかくしっかり気分転換できた一日だった。


2021年11月11日木曜日

久しぶりの平日釣りは快適だったが大問題が

貴重な平日休暇の釣り まさかの立入禁止!

久し振りの平日釣りが実現した。「朝3時起き」をしなくていいのは気が楽。でもせっかくの釣りなのであまり遅出にならないよう、通勤日と同じ「5時起き」にした。6時半には釣り場に着いたのだが‥なんと‥


なに‥?

これ‥なに‥?

エッ‥これ‥なに‥?

なんとなんと釣り場のほとんどが「立入禁止」に。一部釣れるところもあるのだが、残っているのは感覚的に1~2割程度のスペース‥。オリンピックが終わって9月からようやく解放されたのに、まさかの再度の立入禁止。。。(涙)

なんでも岸壁の先端に亀裂が見つかり、上から海面がのぞける部分もあるとか‥残念だが‥非常に残念だがそれなら仕方ない。素人考えだが堤防の亀裂なんて最高レベルの危険度のように思える。確かに安心して釣りもできないし。。。

仕方なく「一部残っている」堤防の付け根部分で釣りを開始した。


板について来た投げ釣りだが微妙な釣果

今日は強風だったが、天気も良く、快晴の青空の下、広々した海にジェット天秤を放り投げる爽快感はサイコー!今シーズンから始めた「ちょい投げ釣り」もかなり慣れて来て気分は上々だったが‥なかなか釣れない‥今日は開始から間もなく10㎝ほどのシロギスが釣れた。


ちょっと幸先良し‥と思ったが、その後は膠着状態が続く‥10時を過ぎてから意外にもこんなものが釣れた。


「バイガイ」という貝だそうだ。「たまたま針に引っ掛かった」わけではなく、明らかにエサのアオイソメに「食いついて」いるようだった。

不勉強かも知れないが「貝って釣れる(エサに食いつく)んだ‥」と率直に思った。このあともう1匹釣れたので合計2匹の「バイガイ」が釣れたのだ。

あとはクサフグ4匹。。。放り出すようにリリースしてやったが。。。今日はそんな感じだった。


周囲では爆釣れのニーチャンたちが

ところで、今日は周囲を見ると釣り人は10人ほど。立入禁止さえなければ釣り場はスーカスカなのに、「一部」のスペースしかないのでなんだか密集した感じだった。


そんな中で、とある3人組のニーチャンたちが「爆釣れ」していた。。。フツーの足下でのサビキ釣りをしていたようだったのだが‥「仕掛けを海に入れては釣れ、釣って入れ」の繰返し。歓喜の連発‥アジかイシモチか‥3人で2~30匹は釣ったのではなかろうか‥羨ましい。。

不思議だったのは「釣れているのはその3人だけ」だったということ。ニーチャンたちのすぐ隣で投げ釣りをしているオッチャンは全く釣れず。そのオッチャンのさらに隣でサビキ釣りをしていたオトーサンも釣れておらず‥そして私も‥。

3人のニーチャンだけが釣れている‥特別な仕掛けや釣り方をしていたようには見えず。釣れて歓声を上げてスマホで写真撮っている時点で初心者っぽかった。。

「場所当たり」なのだろうか。「そこだけ釣れる」なんてことがあるのだろうか。これもまた自然たる所以の偶然のようにも感じた(ニーチャンたちには悪いけど‥)。

強風がもたらす幻想風景

今日は海面に白波が立つほどの強風でうねりも大きかった。快晴の青空も手伝って海がより迫力に満ちて幻想的な風景を見る事ができた。




岸壁の亀裂による立入禁止なんて本当に残念である。いつ頃復旧されるのかも今のところは不明。そもそも復旧できるのだろうか。メインの釣り場だっただけに残念である。何とか早く復旧してほしいものである。


懲りない男 学習しない男 また恋してしまった

年上女に恋してしまった あー何やってんだか  また恋してしまったようだ。 56歳にもなって何やってんだか。 相手は職場にいるミズホさん。5歳年上。 ・・年上・・。 そう。俺の歳で5歳年上となればもう60代・・・。 最初合った時は完全に年下だと思っていたが、職場で仕事のことなどよく...