人生初の救急搬送から10日
人生で初めて自分が救急車で運ばれてから10日ほど経つ。
在宅勤務をしながら自宅での療養。腹部の痛みは日に日に弱くなっているように感じるし、血圧も処方された降圧剤の効果もあり順調に下降している。10日の再検査では是非とも良い結果が出ることを望みたい。
ただ、例え今回十分に回復したとしても、病気と付き合って行くことを避けることはできないだろう。これは年齢によるものである。いわば宿命のようなモノである。
まだ死にたくない もう少し生きていたい
あの痛みを経験して率直に思うのは、やはり「まだ生きたい」「今死にたくない」である。
イキがって「もう人生に悔いなどない。いつでも死んでやる」なんて間違っても口にできない。あの痛みを経験して、自分自身まだ死を受け入れる程の覚悟が出来ていないことを十分に悟った。正直、死ぬのは怖い。
死そのものに対してだけでなく、家族のことを考えると、怖さは増大する。まだ早い。今はまだ死ねない・・。そんなことを考えてしまうと気分は下がる一方であるが、あの痛みは、そんなことを考えさせるのに十分だった。
そう、まだもう少し生きていたい。
毎日生きられることへの感謝
今までの人生の中でも、時折こんな言葉を耳にすることがあった。何の興味も感慨もなく、眉唾な印象さえ感じるような言葉・・
しかし今回の経験で、この言葉の意味を思い知らされた。今は思う、毎朝目が覚めた時、食事をする時、夜眠る時、仕事をしている時でさえ、感謝の念が湧く。。
今まであたり前に迎えられていた日々。あたり前に朝起き、あたり前に食事をしてあたり前に仕事をする。あたり前に風呂に入ってあたり前に眠る。大袈裟かも知れないが、命の危機を感じた瞬間に、そのあたり前が「あたり前ではない」ことに気付かされた。
毎日が無事に送られていること、食事ができること、仕事ができること、命が続いていること、すべてに感謝の念が湧く。
そろそろ気を付けろ 父親からの命の警告
20年以上身体の疾患と戦いながら亡くなった母とは逆に、私の父はある日突然倒れて一週間後に亡くなった。脳内出血が原因だった。頭の血管が切れて病院へ救急搬送されたが、搬送された時点で既に手遅れだった。
私は幼少の頃から容姿だけでなく体質も父親似であると母親や親戚からよく言われていた。そんなこともあり、歳を取れば私も父親と同じような疾患を患うのだろうという予感はしていた。
父親は67歳だったが、私は52歳・・。ちょっと早すぎるのでは・・などとも思ったが、一方でこんなことを感じた。
父親からの警告
「お前も気を付けなければオレのようになる。」
父親が私の腹の血管を少し切って警告のサインを出してくれたのかも知れない。頭の血管が切れれば、即救急車で運ばれても手遅れになりかねないのだから・・父親のように。
「オレみたいにならないよう今から気を付けろ」
そんなメッセージであると前向きに受け取って病気と付き合って行こうと思うのだ。
長生きするために。




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