2022年5月1日日曜日

本当の自由はある 10代の自分の問いに答える

自由ってなんだ 問いかけた10代の自分

卒業・入学、退職・入社シーズンも一段落した。会社では私の所属する部署に新卒で新入社員がひとり加わった。家庭では次男が小学校卒業、中学に入学した。


毎年の事なのだが、このシーズンになると卒業をテーマにした音楽などを思い浮かべることが多い。私の世代でも誰もが知る卒業ソングは多くある。

そんな中で、当時「10代のカリスマ」と呼ばれていたアーティストの事を思い出した。

語ればキリがないが、楽曲の中に「自由」をテーマにしたものが多く、10代の頃の私は、そのカリスマ性に熱狂したものだった。

「自由ってなんだ」「仕組まれた自由」「縛られ続ける人生」

ここまで書けば、誰のことを言っているか分かる方も多いと思う(笑)。


50代となって思う自分なりの本当の自由

心で熱い何かを感じつつも、答えの出ぬまま、自由を見つけることもできぬまま、気付けば35年の月日が流れた。。でも実は、今になって思うようになったことがあった。

結論から先に書けば、

「自由ってあるんだ」

ということだ。


あくまでも持論である。他の方から見れば失笑に値するかもしれない。だから持論の域を越えないのだが、今になって私は自由を感じている。そして、10代の頃に喚いていた「本当の自由」とはこれなのかも知れない‥と感じている。

51歳‥大偉業を成し遂げたわけではない。事業を立上げて成功したわけでもない。会社で昇進を重ね重役に成り上がったわけでもない。万年ヒラである。でも、今、偽りなく「自由を感じられる」と言える自分がいる。


ぽっかり空いた休日の時間

言い方が悪いかも知れないが、振り返れば普通の人生だった。

卒業-入社-転職-結婚-子育て-介護‥


仕事は相変わらず忙しい。常にプレッシャーと時間との戦いである。会社に寝泊まりしたことも、人間関係に悩んだことも何度もある。でも、そんなこんなで25年生き残って来た。

私には子供がふたりいるが、成長し手が掛からなくなって来た。「日曜日はお父さんと遊ぶ」なんて事もなく。私の休暇日を子供のために使うこともほとんどなくなった。

一方で私は母親の見守り・介護を10年以上続けた。「買い物」から始まり、短い期間だったが「在宅介護」も経験したが、一昨年、母が亡くなったことで介護に使う時間もなくなった。今は月命日に墓参りに行っている。


本当の自由は安心感の上にある

子育てや介護に充てていた時間が、そっくりそのまま「空き」となる。平日は仕事で終電に乗って帰ることもあるのだが、休日はホントに休日なのだ。ホントに時間が空くのだ。。

そして‥

ホントの自由ってこれなのかも

と感じる自分がいる


人に言わせれば「大したことやって来てない」と言われるかも知れない「ありきたりの人生」なのかも知れないが‥「これはやっておいた方がいい」「これはやるべきだ」と思えることはすべてやったような気がする。

「達成感」と言えば美化しすぎだろうが、一応、自分の中でやるべきと思えることはできた‥と思える安心感‥。

その上に与えられる「自由な時間」こそが「本当の自由」なのかと。


人生そんなに悪いもんじゃない

今、休日は残った仕事を家ですることもあるが、それ以外は「自由」だ。誰に気兼ねすることもなく、誰にも拘束されず自由に時間を使っている。誰にも文句言われない。


「仕組まれた自由の果て」なのか‥「誰にも相手にされない中年男の負け惜しみ」なのか‥でも、偽りなく「自由を感じられる自分」を実感できていることも事実なのである。

10代の頃の自分へ答えとして、そして、できれば自分の子供たちに伝えられればと思うのだが、上手く伝えられるだろうか‥

人生は、そんなに悪いもんじゃないと。


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