2021年2月20日土曜日

遺品整理も最終段階 思い出の品々を供養に出す

葬儀屋さんの遺品供養サービス

今日は葬儀屋さんから購入した「遺品整理用ケース」に遺品を入れた。「遺品整理用ケース」は「小」が8,000円、「大」が15,000円。ケースに遺品を入れて葬儀屋さんに連絡すると引き取りに来てくれる。そして供養した後に焼いてくれる。最後に「供養証明書」なるものまで発行される。


亡くなった方が大事にしていたものを「捨てる」のは心苦しい‥かといって未来永劫タンスや押入れに保存しておくわけにも行かない。そんな事情を踏まえ、遺族の心の負担やストレスにならないように行われているサービスが「遺品整理」である。

有難いサービスである。ただ‥費用がちょっと高いかな。。

今日はこの「遺品を供養してくれる」ことの有難さが身に染みて実感された。今日「ケース」に入れた品々は、本当に「捨てる」や「処分する」という表現をしたくないモノばかりだったからである。

手紙、年賀状、アルバム、指輪、ネックレス、五月人形(私の節句ためのモノ)‥アルバムには父や母だけでなく、私の幼いころの写真や結婚式の時の写真、孫(私の子供)の写真などなど‥どのようなタイミングであっても、通常は「保管」と判断するモノばかり‥でも今日は腹を括ってすべて「遺品整理用ケース」に入れた。

母のモノを処分することへの葛藤

思えば母の体調が本格的に悪化したのが7年前。入院した母が暮らしていた二世帯住宅の一階部分の「掃除」を始めた。最初は「台所」と「冷蔵庫の中」だった。以降、病院の入退院の繰返し、介護施設の入出所を繰返す年月‥母の体調など鑑みながら「もはや使わないであろう電化製品」や「洋服」は少しずつ処分していった。


最も多くの「モノ」を処分したのは「令和」の元号に代わった年のゴールデンウィーク。10連休を使って多くのモノを処分した。

この時もかなりの葛藤があった。既に入院生活が長期化、歩くこともほぼできず、認知症も進行しており「自宅に戻って今まで通りの生活」はほとんど現実的ではなかった。しかし、その時点で既に4年以上、空家同然になっていた一階。このまま長く放置することがこの家を建てた父母の本意なのかどうか‥それとも私たち家族(私と家内と子供たち)が使うべきか‥でもそれは母が元気を取り戻して家に帰れる状況になった時、母の「戻る場所」を奪ってしまう事にならないか‥。

最期に母が使ってくれた「母の部屋」

結局、母の介護に必要なモノだけを残し、一階部分の「母の部屋」は私が使い、母が戻ってきたらすぐに私が移動できるようにして一階部分の使用を始めた。

そしてその一年半後、母は「家に帰れる状況」になった。私は慌てることなく母を自宅に戻す事ができた。ただ、その時母は歩くことも出来ず、話をすることも目を開けることもなく、5日間「母の部屋」で横になり、ゆっくり休んだ後にまた出て行ってしまった。

しかし、最期に「母の部屋」が役立ち、長く母の居場所を確保し続けたことを今は後悔していない。

そんな経緯があってか、最後の遺品整理は案外早く終わった。母が亡くなってから四カ月。葬儀、告別式、入院費の清算、親戚への挨拶、銀行、保険、相続関係の手続き等々、これですべての「やること」が終わった。あとは位牌と遺骨を大切に守り、十五年前に亡くなった父と共に末永く母の供養を続けて行くこと‥かな。

一昨日が2月の月命日であった。明日は墓参りに行こうと思う。


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