2021年12月8日水曜日

思いがけぬ出来事 いくつになっても変わらないココロ

思いがけない出来事で終始した今年後半 

9月に異動して3ヶ月が過ぎた。あっという間だった。最近はできる業務も増えて来て、終日右往左往する日々になって来た。本格的に今の職場に入り込んで来ていることを実感する。


気付けば12月。今年も残りわずかである。思えば年初めに今の状況を誰が想像できただろうか。7月の異動命令から急変。。7月以降は大変な勢いで日々が進んで行った。ホントにあっという間の2021年後半だった。

そして、もうひとつ意外な出来事がある。職場に気になる人ができてしまった。アルバイトの女性Yである。

自己主張なしの中年オヤジにチャンスなし

職場には多くの女性がいる。社員だけでなくアルバイトも多い。もちろん、歳も歳で日々の生活の中で恋愛を最優先にするような気持にはなれない。10代、20代の頃のようなパワーは湧いてこない‥恋愛に関してはあくまでも受身でしかない昨今だった。


特に自己主張の強いルックスを心掛けているわけでもない。会社では万年ヒラで職場を転々とした中年オヤジである。受身であればなおさらそんなチャンスが生まれるはずもない。不倫などという言葉とは自然と疎遠になる‥。別にそれでいいと思っていた。

でも、思いがけずそんな気持ちに変化が起こった。Yには何となくココロに通ずるものを感じたのだ。

いくつになっても変わらないココロ

まだ今の職場に来て3ヶ月である。意識し始めたのは1ヶ月程前であろうか。。


社員を含めてシフト制になっている勤務体制。出勤時にまず気にするのはYさんの出勤。出勤していれば嬉しく思い、休暇であれば何となく落ち込む。。

やってることは20代の頃と変わらない。。。

誰に知られる事でもないが、そんな「出勤チェック」をしている自分が何だか恥ずかしく感じる。「いい歳をして‥」を実感するのである。

以前もそうだったが、今の職場にもマドンナ的・アイドル的な女性社員はいる。そんな子達にオトコとして興味がないと言えばウソになる。でも、妙なアプローチをかければ目立ちもするし、格好の噂のネタになる。年齢的に「何ハラ」と言われるか知れたモンじゃない。。そんなメンドウと天秤に掛ければ、アイドル達に手を出す気には到底なれない。

探し続ける 身の丈にあった人

もちろんはっきり尋ねたわけではないが、Yは私より10歳ほど年下であろう。「10歳下」でも40代である!見た目だけで言えば30代後半から40代。最初は「アルバイト(パート)の主婦の方」と思っていた。


タイトルにも書いたが、いくつになっても変わらないココロがある事を最近実感する。3ヶ月の間で多くの方々とコミュニケーションを取る中で、自然と恋愛対象を選別している自分がいる。。

簡単に言えば「身の丈に合った人」を本能的に探している。いつからか‥自身の身の回りで‥職場で‥そんなことをしていた。これは人の本能なのだろう。。家内が性の対象、恋愛の対象でなくなって数年来。。探し続けているのかも知れない。前者は金で解決できるし、今までそうして来たが、昨今の社会事情によって、ここ1、2年は完全ストップである。

ただ、後者はそうは行かない。相手あってのことである。家庭や会社の状況を踏まえ、今の自分の身の丈に合い、なおかつwin-winの関係をお互いに築ける相手‥そんな人はまずもって選択肢が少ない。そんな人がいたとしてもその人が私なんぞに興味を持つ可能性まで考えればほぼゼロである。。。

可能性が限りなく低いのであれば、そんなことに時間も労力も掛けたくなくなる。おのずとルックス維持などもしなくなる‥悪循環である。そんな負の循環にすでにどっぷり漬かっていると思っていたのだが‥

拒否・無視していないというサイン

Yに会って少し考え方が変わった。こちらが興味を示していることは簡単に伝わっているのだろう。人なんてそんなものである。その「こちらの興味」にほとんどの女性は「拒否・無視」であるが、Yにはすこしだけ「反応」を感じた。


50年生きて来て何度も何度も何度も経験してきた例の「勘違い」なのかも知れない。それとも男の目をこちらに振り向かせるための女性の「作戦」なのかも知れない。「私はあなたに興味があります」というサインをYには感じるのである。

勘違いでも構わない。作戦にハマった冴えない中年オヤジでも構わない。最近は出勤することに少し楽しみを感じるようになった。

どうせ成就しないのに。どうせ勘違いなのに。どうせ虚しい結末を迎えるだけなのに‥。いくつになっても変わらない‥懲りないココロを感じる今である。

異動となって職場のアルバイトさんにココロ惹かれて出勤を楽しみにしている‥今年の年明けに誰がそんな状況を想像できただろうか。

明日からまた、Yとの距離をどうやって縮めて行こうか‥そんなことを考えて幸福感を味わっている自分がいるのである。


2021年11月25日木曜日

縮小された釣り場でなんとかやってる平日釣り

平日ならなんとかできる工事中の堤防釣り

平日、快晴、無風、中潮の好コンディション。残念ながら工事が始まり大幅に縮小された釣り場。場所が確保できない心配もあったが、何とか確保。7時前には釣りを始める事ができた。



堤防は本格的に工事が始まっているようである。なるべく早く工事が終わり、元の広々した釣り場に戻ってもらえるよう祈るばかりである。

ただ、今日は快晴!空も海も青く広く。いつもながら日頃の喧騒から解放された気分に浸るには十分な景色だった。





フグに始まりフグに終わる釣果

今日は一投目からアタリがあった。そこそこの引きで幸先良しと思ったのだが、釣れてみればやや大型のフグだった。

今日は風がなかったからだろうか、コツコツと魚がエサをツツイテいる(だろう)感じもよくわかった。釣れるまでは行かなくともコツコツからアタリに移行して最後はバレル‥という事が何度もあった。かなり釣りを楽しむ事ができたのだが、実際に釣れた魚はすべてフグだったことから考えると、コツコツ来ていた魚たちもみんなフグだったかな‥などと想像してしまう。

ウツボが釣れた!隣のおじさん

隣でサビキ釣りをしていたおじさんに強いアタリがあり、一生懸命引き上げていたのだが、釣上げたのがなんとウツボだった!

後で調べたのだが、ウツボは食べるとウマイそうだが、獰猛で釣れた時には相当な注意が必要とのこと。おじさんもウツボが釣れることは想定していなかったらしく、相応の準備をしていなかったようだ。

5、60cmはあるしっかりしたウツボだった。確かに噛み付かれたりすれば事故になりかねないような元気さだった。おじさんは釣上げた後にしばらく放置し、少し弱ったところを見計らって仕掛けを外してリリースしていた。

あんなの(ウツボ)釣れるんだ‥!!

私の率直な感想である。ホントに海釣りは何が起こるか分からない。

ラインが不足 交換用を持っていてよかった

私としては初めての経験だった。ラインが不足してしまったのだ。


サビキ釣りから始めた昨年。なぜリールにこんなにたくさんの糸(ライン)が巻き付いているのか、よく理解できていなかった。


いくら何でも100mも遠投しないし‥


今年から「ちょい投げ釣り」を始めてラインの消費が極端に多くなったのは実感していた。原因は「根掛かり」である。

今日も何度も根掛かりがあり、仕掛けごとラインを切らざるを得ないケースも2度あった。その度に10m程度のラインを消費してしまう…あまり良い例ではないのだろうが、長い長いラインがリールに巻き付いている理由がひとつ分かった気がした。

ちなみに「予備のライン」は用意してあったので、初めて「ラインの交換」をやった。やってみると案外簡単で10分程で交換できた。


なんかカッコ良くない 釣り場で響く話し声

今日は最後にこんなことを書いておきたい。平日に釣りに来るとよく目にする光景なのだが、今日も友達同士で釣りに来ている学生(男の子二人)の姿があった。

特にガラが悪い訳でもない。礼儀やマナーに反している訳でもない。なので結論としては「問題なし」なのだが、今日少し気になったのは「話し声」だった。

狭くなった釣り場とは言っても開けた屋外。本人たちはマスクもしている。悪びれた感じもない。大いにコミュニケーションを取り、意見交換すべきである。そんな経験は彼らの将来に大きな財産や武器になる。その辺は理解しているつもりなのだが‥

ただでさえ人気の少ない釣り場に響く二人の話し声。。。

どうやら学校での先生の不満や、勉強の方法など「雑談」に花が咲いているようだった。1時間、2時間‥とにかくずーっと話している。その会話能力には恐れ入る気もする。でも理由はわからない。何となく感じる私の違和感は何なのだろうか‥

簡単に言い切ってしまえば「爽やかさに欠ける」「カッコ良くない」のである。

オジサンに言わせてしまえば「それ、学校で会った時に話せば‥」と思ってしまう。釣りに来て、周りに聞こえる声で、延々と話すことなのだろうか‥。
二人で釣りに来るような仲なのであれば、周囲に聞こえない程度の声で気になる女子の話とかすればいいのに‥。

どーでもいーオジサンの自論が最後になってしまったが、とにかくしっかり気分転換できた一日だった。


2021年11月11日木曜日

久しぶりの平日釣りは快適だったが大問題が

貴重な平日休暇の釣り まさかの立入禁止!

久し振りの平日釣りが実現した。「朝3時起き」をしなくていいのは気が楽。でもせっかくの釣りなのであまり遅出にならないよう、通勤日と同じ「5時起き」にした。6時半には釣り場に着いたのだが‥なんと‥


なに‥?

これ‥なに‥?

エッ‥これ‥なに‥?

なんとなんと釣り場のほとんどが「立入禁止」に。一部釣れるところもあるのだが、残っているのは感覚的に1~2割程度のスペース‥。オリンピックが終わって9月からようやく解放されたのに、まさかの再度の立入禁止。。。(涙)

なんでも岸壁の先端に亀裂が見つかり、上から海面がのぞける部分もあるとか‥残念だが‥非常に残念だがそれなら仕方ない。素人考えだが堤防の亀裂なんて最高レベルの危険度のように思える。確かに安心して釣りもできないし。。。

仕方なく「一部残っている」堤防の付け根部分で釣りを開始した。


板について来た投げ釣りだが微妙な釣果

今日は強風だったが、天気も良く、快晴の青空の下、広々した海にジェット天秤を放り投げる爽快感はサイコー!今シーズンから始めた「ちょい投げ釣り」もかなり慣れて来て気分は上々だったが‥なかなか釣れない‥今日は開始から間もなく10㎝ほどのシロギスが釣れた。


ちょっと幸先良し‥と思ったが、その後は膠着状態が続く‥10時を過ぎてから意外にもこんなものが釣れた。


「バイガイ」という貝だそうだ。「たまたま針に引っ掛かった」わけではなく、明らかにエサのアオイソメに「食いついて」いるようだった。

不勉強かも知れないが「貝って釣れる(エサに食いつく)んだ‥」と率直に思った。このあともう1匹釣れたので合計2匹の「バイガイ」が釣れたのだ。

あとはクサフグ4匹。。。放り出すようにリリースしてやったが。。。今日はそんな感じだった。


周囲では爆釣れのニーチャンたちが

ところで、今日は周囲を見ると釣り人は10人ほど。立入禁止さえなければ釣り場はスーカスカなのに、「一部」のスペースしかないのでなんだか密集した感じだった。


そんな中で、とある3人組のニーチャンたちが「爆釣れ」していた。。。フツーの足下でのサビキ釣りをしていたようだったのだが‥「仕掛けを海に入れては釣れ、釣って入れ」の繰返し。歓喜の連発‥アジかイシモチか‥3人で2~30匹は釣ったのではなかろうか‥羨ましい。。

不思議だったのは「釣れているのはその3人だけ」だったということ。ニーチャンたちのすぐ隣で投げ釣りをしているオッチャンは全く釣れず。そのオッチャンのさらに隣でサビキ釣りをしていたオトーサンも釣れておらず‥そして私も‥。

3人のニーチャンだけが釣れている‥特別な仕掛けや釣り方をしていたようには見えず。釣れて歓声を上げてスマホで写真撮っている時点で初心者っぽかった。。

「場所当たり」なのだろうか。「そこだけ釣れる」なんてことがあるのだろうか。これもまた自然たる所以の偶然のようにも感じた(ニーチャンたちには悪いけど‥)。

強風がもたらす幻想風景

今日は海面に白波が立つほどの強風でうねりも大きかった。快晴の青空も手伝って海がより迫力に満ちて幻想的な風景を見る事ができた。




岸壁の亀裂による立入禁止なんて本当に残念である。いつ頃復旧されるのかも今のところは不明。そもそも復旧できるのだろうか。メインの釣り場だっただけに残念である。何とか早く復旧してほしいものである。


2021年11月6日土曜日

特に興味のない超常現象が自身に起こった時

自家用車のオーディオが故障した

10月に自家用車を買い替えることになり、手続関係や支払い手配など徐々に進めている。以前の記事でも少し触れたが、今回の買い替えの直接的な原因になったオーディオの故障に関しては、少々腑に落ちない出来事があった。


幼少期の頃から、何台の「自家用車」に乗っただろうか、もちろん、ウチもそんな大ブルジョア家庭という訳ではないが、恐らく7~8台「家の車」は変わっているだろう。私の記憶する限り「オーディオの故障」は今回が初めてだったと思う。

その事がどうも腑に落ちない‥

ただの偶然と言ってしまえばそれまでなのだが‥

オーディオ故障の不思議なタイミング

今回、5回目の車検。乗り始めてから11年目となる車。そろそろ「いいかげん買い替えれば?」‥というレベルの年数だったが、自分としては買い替える気はなかった。修理費用がかなり掛かるが5回目の車検を通して使い続けるつもりでいた。


理由は長男が再来年免許を取れる年齢になるからである。免許を取ったら練習代わりに古い自家用車を使わせようと思っていた。その考えを覆させたのが今回のオーディオ故障だった。カーナビと連動していて修理に10万程要するとのことで‥

10年使っている車である。何が故障したところで何の不思議もないが‥上述したように10年近く乗った車は今回が初めてではない。でもどうして今回はオーディオが故障したのか‥母が亡くなって半年ほどしたところで‥。

母の面倒を見るために買った車

思えば今の車は当時まだ元気だった母と相談し「今後、病院の送り迎えなどで使うことも多いだろうから‥」ということで、足腰の弱い母でも乗りやすいような車種を選び費用を折半で購入した。もちろん、当時幼少だった私の子供たちのための使用も前提だったが、最も優先したのは母と祖母(当時健在だった)の用途だった。


車購入後の数年後に祖母は亡くなり、そして母も昨年亡くなった。。

表題の通り超常現象的な話は嫌いではないのだが特に興味はない。「信じるか?」と問われれば‥「あんまり‥信じない‥かな‥」という感じなのだが、今回のオーディオの故障のタイミングに関しては‥もしかして‥と思わざるを得ない部分が多い。

「もう、あたしの面倒見るための車は処分しなさい」

そんな母の遺志なのだろうか。亡くなった者の遺志が現実の世に影響を及ぼす事(直接的に機械の故障という形で)などあるのだろうか‥。

18年前にあった不思議な体調不良

そんな思いに耽っていいるうちに、ひとつ思い出したことがあった。18年前、父が亡くなった時のことである。特に誰にも話している訳ではないのだが、思えばその時も腑に落ちない出来事があった。


母とは対照的に、父は急に倒れて急に亡くなった。それまで毎朝、早朝の散歩を欠かさず、足腰の悪い母に代わってスーパーに買い出しに行くなど‥定年後の自由を満喫しているようだった。孫(私の長男)も産まれ、私自身少し親孝行ができたか‥などとも思っていた。

そんな父だったが、ある日突然倒れ、一週間後に亡くなった。68歳だった。

あまりの突然の出来事で大変混乱したことは記憶に新しいのだが、そんな中でひとつ不思議なことがあった。

それは、父が倒れる前日に私自身が妙な体調不良を感じていたことだった。

一大事が起こる前日に‥何かが違う

元々私はよく頭痛を起こすことがあり、その日も軽い頭痛があった。でも普段とはどうも違う。何となくだるさやめまいも感じる。でも体温は平熱。決定的なカゼという訳ではない。普通に仕事もできるし‥でも何となく体調がおかしい。。。のだ‥。


周りの人からは「少し疲れてるんだよ」とか「寝りゃ治るよ」とか言われたが、自分でもそう思っていた。たまたまその日は仕事帰りに飲み会があり、それにも参加した‥そんなレベルの体調不良なのだが、でも明らかに体調が悪いのである。念のためカゼ薬も飲んだが変わりなし‥

何か変だ‥いつもと違う‥

という考えを持ちつつ帰宅した事を今でも忘れない。

その次の日の早朝に父は倒れた。そして一度も意識を回復することなく亡くなった。

「お告げ」か「知らせ」か「単なる偶然」か

私の体調不良が次の日以降も続いたかどうかは全く覚えていない。それどころではなかったからだ。。


父の急変は私の体調不良に何か関係があったのだろうか。

父が私に何かを伝えようとしたのか、血のつながった者に異変が起こることを伝える「虫の知らせ」なのか‥

それとも「単なる偶然」か。。

今となっては何もわからない。誰に話す気も無ければ話す必要もない。

ただ、父の時にも母の時にも起こった「腑に落ちない出来事」は私の記憶としてここに記録しておきたいと思う。


2021年11月3日水曜日

子供とサッカー観戦 めずらしくいい日だった

大混雑を想定しての祝日サッカー観戦

宣言的なものが解除され、世の中が落ち着いて来たことを受けて久し振りに子供とサッカー観戦に行ったのだが、今日はめずらしくやること成すことウマく行く日だった。取り留めもない些細なことばかりなのだが、ウマく行ったことの連続で気分のいい一日だった。


まずは、試合場となるスタジアムに着いた時のこと。昼食のために立ち寄ったファーストフード店。。スタジアム敷地内の店舗だったので大混雑・長蛇の列を覚悟していたのだが、予想に反してガラガラ‥ほとんど待たずにスムーズにテイクアウト。

チケットを持って入場すると、すぐに係員がやってきて「どうぞ!」と手渡してくれたのが‥なんと「ユニフォーム!!!!!」

企業名がたくさん入った「今日限りのレプリカユニフォーム」だと思うが、しっかりした感じユニフォームだった。子供と私に一着ずつで計2着!親離れが始まり、私の前ではほとんど無口、無表情の子供(小学6年)もこれは嬉しかったようで、「ユニフォームなんてくれるんだ!」と喜んでいた。

天気よし座席よし試合よし!

そんなこんなでご満悦な気分に浸りながら座席を探す‥今回は上層席(選手を近くで見れる下層席が満席で取れなかったので)となってしまったのだが、席に着いた時に子供が一言「あっ、オレ、こっち(上層席)のほうがイイかも」。


親としては選手を近くで見れる下層席の方が迫力があっていいのでは‥などと勝手に想像していたのだが、子供としては前回座った下層席よりも全体が見渡し易い上層席の方がいいとのこと。次回も来る時は上層席がいいらしい。

座席の思わぬ「好評」でまた気分が良くなる。。

天気も良く、座席での昼食は気分が良かった。昼食を食べ終えて試合開始まで残り30分。会場の雰囲気をゆとりを持って味わえた。予定通りに事が運ぶ!いい気分である!

そして試合開始。応援していた東京FCは今日は常に優勢‥というか軽いワンサイドゲーム。。安心して楽しめる‥そんな展開だった。結果4-0の圧勝!気分良く会場を後にした。

観客1万8千人なのに帰り道はスムーズ

帰り道は予想通りの大混雑だったが、駅のホームに辿り着くや否やすぐに電車が到着。混沌とする中でたまたま車両の入口が私たちのすぐ横に止まる。。流されながらすぐに電車に乗れた。些細なことなのだが大混雑の中でスムーズに乗車!

地元駅に着くと30分に1本しかないバスがちょうど発車時間。これまた待ち時間なしでまんまと乗車。1万8千人の観客がいた中で帰り道が待ち時間なし。。。何とスムーズに帰宅できてしまった!

何から何までうまく行った一日。。

たまにはこんな日があってもいい。。。

いい日を存分に満喫 余計なことは考えない!

そーいえば昨日は会社で失敗ばかり。。ここぞとばかりに上司からはイヤミの連発。サービス残業で帰りは遅く散々な一日‥というかそんな散々な日々が定常化しつつある。どうせ明日からもロクな事がない日々なのだろう。

だったらたまにはこんないい日があってもいい。

余計なことは考えずにそんないい日に浸ってやろう‥とそんな風に思った一日だった。


2021年10月23日土曜日

新車購入が決定 愛着ある車への感慨

今日、新車購入することが決まった

ここ数年来は2年に1回、車検のたびにディーラーさんから強い営業が掛かってたがテキトーにかわし、のらりくらりやって来たが、11年目の車検を前に、とうとう修理費用が自分の考える限度を超えて来たので新車購入に踏み切ることにした。


11年の付き合いとなった車への感慨

子供たちの幼少期に重なった11年だったため、恐らく私の人生の中で最も多く子供たちと乗ったマイカーになることは間違いない。ただ、それと同時に祖母や母を乗せて走った事の方が多かったと思われる‥少し違う感慨があるのだ。


祖母や母を病院に連れて行く‥。通常の通院だけでなく、病院から病院への転院、老人ホームと病院の往復、背骨を圧迫骨折した母に痛み止めを飲ませて乗せたり、救急車で運ばれた病院に入院拒否されて夜中に別の病院へ連れて行ったり‥

「お墓の改葬」のために母方の先祖代々の「お骨」を車に乗せて運んだこともあった(汗)。。

母の他界との不思議なタイミング

今年の9月1日付けで、それまで8年勤務して来た職場から「異動」となった。何か妙なタイミングを感じているのだが、8年前、その職場に異動した直後に母の体調が急変した。そして、昨年母が他界‥その9ヶ月後に異動命令‥。


車の事にしても同じようなことが言える。私の場合、車への関心は薄く、「実用品」としての意識しかないため、流行の先端を目指したり、ちょっと人と違う趣向に走ったりなどする考えがない。なので、一度購入した車は何年でも乗り続けるつもりでいたのだが、上述したように、修理費用が限度を超えて来たので新車購入へ考えが変わって来たのだ。

もちろん、今の車は11年前、母とも少し相談し「今後、病院などへの送り迎えが頻繁になるだろうから‥」ということで少々車高の高い車を母と折半で購入した経緯はあるのだが、決して母が亡くなり、母の用が無くなったから買い替える訳ではない。内蔵のCDプレーヤーが故障し修理に10万近くかかる‥というところから「ここらで限界(修理費用が)」と考えたのである。

「異動」と「新車」‥生活の中で決して小さくない要因がほぼ同時に大きく変化するタイミングが‥母の他界と妙に一致することが不思議でならない。

家族の新体制 さらに変わる生活環境

これは意図的に行ったものではあるが、今年は家の中のリフォームも行い、台所の完全入替えと家族4人が全員「部屋移動」をした。引越し業者を呼んでの一大イベントだった。


「異動」と「新車購入」そして「リフォーム」と、大きく生活環境が変わった。大袈裟な言い方だが、「新体制」となり、来年からは子供たちの「進学」の問題が2年連続して発生する。

本当にいろいろあるものだ。。それこそ体調を崩しているヒマなどない。新車購入を機にそんな感慨が頭を過った。


2021年10月16日土曜日

一周忌 とうとう1年経った 大きく変わった生活環境

一周忌法要と何となくの区切りと考えた1年後

>死に目には会えませんでした。

>でも、これまでのいろいろなことを考えれば後悔はありませんでした。

>母の介護・見守りに費やした6年半は本当に長かったからです。

この気持ちは1年経った今も変わりませんでした。とうとう1年経ちました。昨日、一周忌の法要を無事行う事ができました。


特に根拠はないのですが、遺品整理や自宅の使い方の見直し(二世帯から一世帯へ)などを考え、「1年」を何となくの区切りと考えて来ました。

そして、とうとう来ました。1年後。。本当に早かったこの1年でした。

予想外の変化 職場異動が生活を大幅に変えた

この1年で予想外だった出来事は「職場異動」でした。思いもよらぬ事だったので、異動後もしばらくは何だか実感も湧かない‥そんな毎日でした。9月1日付けでの異動。1カ月半程が経過し、今の職場にも少しずつ慣れてきたかな‥。

詳細は避けるが「在宅勤務あり」の前職場から「在宅勤務なし」の職場への異動。職種も変わり、職場環境は激変!やはり私はサラリーマンである‥ということが実感される。。職場の変化が生活の変化に直結しているから‥。

緊急時から平常時へ

母が本格的に体調を崩してからは「緊急事態」の連続でした。心情的には「容態が悪化しても小康状態が続くことで平常な生活を取り戻せる日がいつかは来るだろう」などと考えていたが、結局、そんな日を迎えることはありませんでした。


容体悪化‥落ち着いたかな‥と思うとまた一段容体悪化‥また落ち着いたかな‥孫(私の子供)たちとご飯でも食べに行こうかな‥と思った矢先にまた容体悪化‥こんなことの繰返し‥。

でも、今回は違う。もう容態は悪化しないから。事実上はもう平常になっているのだろうが、一周忌を終え、喪が明けた日からを「平常」と考えるようにすることにした。ひとつの区切りである。緊急時はこれで終わり。

亡くなった後も与えてくれる恩恵

一周忌の法要後は家族で外食。久し振りの家族そろっての外食。子供が成長するにつれて親とは行動したがらなくなる‥当然のことであるし、それが成長の一端であるのだから仕方ない。日常ではほとんど話すこともなく、ましてや行動を共にすることなど皆無。

そんな子供たちも「一周忌」は協力的だった。

どこかで聞いた言葉ではあるが、亡くなった母が「バラバラになりつつある家族を、時折、一堂に会するよう導いてくれている」ことを実感せざるを得ない。

亡くなってもなお、恩恵を与えられている。。親子とはそんなモノなのだろうか。

改めて感謝である。


懲りない男 学習しない男 また恋してしまった

年上女に恋してしまった あー何やってんだか  また恋してしまったようだ。 56歳にもなって何やってんだか。 相手は職場にいるミズホさん。5歳年上。 ・・年上・・。 そう。俺の歳で5歳年上となればもう60代・・・。 最初合った時は完全に年下だと思っていたが、職場で仕事のことなどよく...