2021年6月3日木曜日

二世帯住宅の終わり 遺品整理の終わり

7年越し 1階の最後の整理が終わった

今日、両親が暮らしていた1階の台所の整理がすべて終わった。明日、台所のリフォームが入るため、最後の整理を行ったのだ。


台所のリフォーム後、6月下旬には引越し業者が入り、私たちが暮らしていた2階と1階の家具などを総入れ替えする。少し大袈裟に言えば遺品整理の総仕上げだ。

7年前に母が倒れて「掃除」レベルから始めた1階の整理だったが、上記の「総仕上げ」を除けば、事実上すべて終了となった。やったりやらなかったり、何カ月も放置したりと少しずつ少しずつ整理したので7年かかってしまった。

母が倒れて入院した次の日、ガスコンロの上に置かれていた鍋の中身と冷蔵庫の中を見た時の衝撃は今でも忘れない。。野菜や肉を何度も継ぎ足して何度も煮返して食べていたと思われる鍋物。母は「豚汁」という感覚だったのかも知れないが、鍋の底の方は野菜や肉が傷んでいるようで、異臭も感じた。当然、すぐに処分したことは言うまでもない。

冷蔵庫も同様だった。手前の見える所はある程度整理されているが、奥の方には「黒いキャベツ」が丸ごと1個残っていたりする。。なぜ黒かったのかの説明は控えたい‥。

自立できていなかった母の暮らしに猛省

冷蔵庫の整理をしていた時に、ふと「カサカサ」という音が聞こえた。音の先を見ると壁にゴキブリがいる。鍋や冷蔵庫の状況を考えれば当然かもしれない。。すぐに傍に置いてあった殺虫スプレーを吹きかける。。すると、台所の複数から「カサカサ」と‥。


もしやと思い、冷蔵庫の後ろや戸棚など、無差別にスプレーを振りまいてみたところ‥出て来る出て来る‥一斉に隠れていたゴキブリが動き出したのだ!その数は10匹を越えていた。

すべて仕留めて、すべての死骸をトイレに流した。1時間は優に超えていた。。殺虫スプレーの缶があちらこちらに無数に置かれていた理由をその時悟った。

14年前に父が亡くなり、二世帯住宅とは言っても、事実上は1階で母は一人で生活していた。よく言えば自立して生活出来ていたのだ。私としては、それが健康を維持するのにも大切な事だと考え、あえて1階の事は母に任ていたのだが‥。もはや母は「自己管理」ができなくなっていたのだろう。同居していながら、それに気付かなかった私はこの上なく猛省したモノだった。

賞味期限が切れた未使用の調味料

ゴキブリ、傷んだ食品だけでなく、台所整理で手こずったのは「調味料」「缶詰」の類だった。醤油、ソース、焼肉のタレ、お酢、果物缶など‥「賞味期限が切れて」数年経過している‥というものが多い。未使用のものもたくさんある。。開封するさえ相当な勇気がいる。。

善し悪しの判断は付かないのだが「そのまま処分」はNGであろうから、ビンやカンから「中身を出して」処分する。「中身」は水道で流すのだ。。たぶん100本以上のビン、カンの中身を出して流した。時には強い臭いのするモノもある。。ストレスの強い作業だった。

これも長い期間かけて少しずつ行って来たが、5月にようやくすべて終わった。

すべての整理を終えて一周忌へ

母が亡くなってからいろいろなものを本格的に整理した。モノだけではなくオカネや諸々の名義変更、保険等々の手続きなど‥本当に様々な「整理」であった。それぞれそれなりに違う苦労はあったのだが、総合して一番大変だったのは、やはり台所だったのかも知れない。

その台所の整理が今日すべて終わった。

明日は台所のリフォーム、6月末には1、2階の入替え‥すべてを終えて10月の母の一周忌を迎えたいと考えている。


2021年5月29日土曜日

一人で行く運動会 もはやバラバラの夫婦

しっかりした運動会に感謝

 今日は小学6年の次男が通う小学校の運動会だった。「午前中だけの開催」「オンライン中継あり」「立ち見ポイントの指定制」などなど、今のご時世を徹底的に反映した形となっていた。特に3番目は、校庭のトラック上に立ち見場所がひとマスずつ書かれていたのには驚いた。。


先生方のご努力には頭が下がる思いだった。競技も「騎馬戦」や「棒倒し」などの密集するものはすべてカット。徒競走と密のない形にアレンジされたダンスのみであったが、昨年のような「明らかな練習不足」といった様子もなく、コンパクトながらしっかりした運動会になっていた。

何でも諦めずに工夫すれば何とかなるものだ‥と自らの身も引き締まるような気持になった。

終始一人で行動するおとうさん

高校2年生の長男は今日は学校のため運動会を見に行くことはできない。なので状況的には家内とふたりで運動会を見に行くことになるのだが‥今日は終始一人で行動した。


「ごはんを食べている音ですら嫌悪感を感じる」‥ホントにあるんだこんなこと。。ハタから見れば典型的な倦怠期なのだろうが「~期」で済む状況なのだろうか‥今の状況・心情が、限りある期間で終わるような気が全くしない。。

今日は主役である次男は運動会準備のため少し早く登校。家内と二人で朝食となる状況を避け、私はダイニングに入らず、食事はせずに、朝起きたら早々に着替えて小学校に向かった。

運動会の必須アイテム脚立の効果

運動会ではビデオを撮るが、ウチには2段式、高さ50㎝ほどの脚立がある。これが、運動会での撮影には驚くほど便利である。いわゆる「撮影場所取り」問題から解放されるのだ。


自分の子供が参加する競技はどうしても前で撮影したい‥でも脚立に登れば最前列に立つ必要はないのだ。数メートル後ろに下がっても「上から撮れば」何の問題もない。バッチリ撮影できる。しかも脚立を使っているおとうさんは、十数人いるので、上に立って見ていても何ら目立つこともない‥運動会において、脚立は大変役立つアイテムである。

脚立の隠れた重要な役割

そして、実は脚立にはもうひとつ、重要な役割がある。それは「一人になれる」ところだ。簡単に言うと、不意に人と目が合うような状況を避けられる‥のだ。


普段、ほとんど近所付き合いなどない私‥でも「顔見知り」はいる。校庭で顔を合わせれば挨拶のひとつもしなければならない‥脚立に乗っていると、そんな面倒な社交辞令を回避できる。。上にいるとほとんど他人と目が合わないのだ。私にとっては、これが結構快適なのである。

そして、今日はこのことを家内に適用できた。朝、顔も合わせずに家を出たが校庭で鉢合せになる状況は十分考えられる。でも脚立の上にいたことで「不意に目が合う」ような状況は一度もなかった。ただ、高いところにいるのだから、家内からは私を見つけることは容易だろう。。でも今の状況から察するに向こうから声を掛け来ることもない‥期待通り、脚立のお陰で「不意にバッタリ」は一度もなかった。

何やってるのだろう‥運動会の日にバラバラ

しかし、帰り道で「鉢合せ」となってしまった。私は気が付かなかったのだが、向こうが気付いたらしい。後ろから声を掛けて来たが、言った事はお決まりの「~してほしい」だった。今日は午後から子供のクラスのオンライン授業接続テストがあるので、それをやってほしいそうだ。


振り向きもせず、顔も見ず「わかった」とだけ返事をする。。数十メートル無言で同じ方向に歩き、曲がる必要のない曲がり角を曲がり私だけ遠回りして帰宅する‥ガキのような行動だが仕方ない。十数年来、家内に「大人の対応」をしてきた結果なのだから‥。

せっかくの子供の大イベント。かつては家内のおとうさんや昨年亡くなった私の母も呼んで大いにワイワイしたものだったが‥今は最低限次男が寂しがらないように‥校庭に顔を出してビデオを撮る‥姿を子供に見せるためだけに運動会に行っている。

変われば変わるものだ。。運動会の日ではあるが、もはや夫婦バラバラである。


2021年5月27日木曜日

あー大雨 平日休暇の大潮も生かせず ずぶ濡れの釣り

ストレスと大潮が釣り強行に私を導く

今日は5月3日以来の釣りに行った。快晴で日焼けまでした前回とは打って変わって、今日は雨模様だった。


朝から自宅付近はパラパラ雨が降っていた。「今日の釣りは取り止め」の判断をするには十分だったが、「本降りは午後から」という予報を信じて強行してしまった。結果、一匹も釣れない上に「ずぶ濡れ」となってしまった。。

いわゆる「服を絞れる」ほど濡れた。。こんなの何年振りだろう‥たぶん十数年振りだと思う。ここまでしてなぜ「強行」してしまったのだろうか‥概ね見当はついていたが‥最近は休日返上での残業の日々でいささかストレスが溜まっていた。今日は平日の休暇で「大潮」が重なる貴重な日だった。なのでかなり楽しみにしていた釣りだった。

でも雨、釣り場に着いた時はかなり降っていたが、もう引っ込みがつかず‥という感じだった。釣り場には見事に誰もいなかった。


雨の日は釣れ易いらしいが‥

後で調べて知ったことだが「雨の日」は結構釣れ易いそうだ。雨粒が水面を叩くことで水面の酸素量が多くなったり、雨の日は気圧が下がるので、魚の体内にある「浮袋」が増大して魚が浮き易くなる‥等々の理由らしい。。


また、「下げ7分、上げ3分」と言われているように、今日は1日の潮位の中でも釣れると言われる「下げ7分」の時間にぴったりの時間だった。「ハイシーズンの5月」「大潮」「下げ7分」そして「雨」‥釣れない理由を探す方が難しいくらいの好条件下だったのだが‥雨の中2時間半粘ったのだが‥結局ボーズ‥1度だけアタリらしきものがあり、魚の姿が見えたのだが‥アタリも一度だけ‥。

ツキもない、ウデもない‥ずぶ濡れで虚しく帰宅

ヤケを起こす気力も出ず、今日は何だかガッカリだった。大きな感情の変化もなく、10時に釣り場を後にした。「本降りは午後から」という予報も虚しく、雨粒が地面から飛び跳ねるくらい雨が強くなったからだ。


そういえば、昨日も皆既月食を見れなかった。在宅勤務だったので、忙しくても時間を作ってバッチリ見れるだろうと思っていた。スーパームーン皆既月食である‥さぞかし迫力あるのだろうな‥と楽しみにしていたのだが‥空は曇りだった。

ずぶ濡れのまま淡々と車を運転して帰宅。淡々とずぶ濡れの服を洗濯して自分は風呂に直行。風呂から出て昼食を済ませ、朝が早かったので少し眠ったらもう16時‥頭はスッキリしたが‥虚しさと脱力感を感じながら釣り道具の後片付けをした。。

雨ガッパを着ていたので最悪(身体が冷えきって風邪を引く)の事態には至らなかったが、釣りを趣味にしていればこんな事(雨が降る)もあるのだろう‥と割り切るしかなかった。。釣り場が貸し切りで、釣り自体は楽しかったのだが‥投げ釣りは不調である。。

昨日の夜から今日の休暇‥ロクな事がない時間だった。。。

2021年5月5日水曜日

投げ釣り開始! 釣りの環境がいろいろと変わって来た

釣り場閉鎖!まさかの展開!

4月は仕事のドタバタでとうとう釣りに行けなかった。「大潮」を2回も逃してしまった。今日はギリギリ「中潮」。天気も良好だったので、祭日で混雑することは承知していたが、今日行かないと明日からは「小潮」ということで、とにかく一昨日、決行した。

ところが、釣り場の駐車場に着くと、なんとぉーーーーーー!!!


なんと!なんと!なんとぉーーーーー!!!


釣り場(とすぐ隣の駐車場)が「閉鎖」されていた。


後で調べてみると、確かにネット上に「閉鎖のお知らせ」が自治体から出ていた。。オリンピック準備のため、4月中旬から9月ごろまで閉鎖らしい。ちなみに「遊歩道側」はまだ閉鎖されていないようだが、その場では少し慌てていたこともあり、遊歩道への通り道がどれだか分からなかった。

今日はGW中の子供たちも呼んだ。「一緒に行く」のではなく、私は車で早朝出発(4時)するので、子供たちには朝食を済ませてからバス・電車で来るように。。と伝えておいたのだが・・・まさかの展開だった。


釣り場が変わり 釣り方も変わる

仕方なく近くに別の釣り場があるのでそちらに移動した。いつもの「大堤防」に比べるとやや小じんまりした釣り場だが、比較的ラクに場所確保ができた。


そして、今日は初めて「ちょい投げ釣り」に挑戦。仕掛けやエサはしっかり用意して来た。竿に取り付けるのにちょっと時間かかるかな‥と思ったのだが、初めての割にはスムーズにできた。5時に島内に入り「大堤防閉鎖」のハプニングはあったものの、6時には釣りを開始できた。

さて、投げ釣りの「投げ方」だが‥いつどこで覚えたのだろう‥投げ方は何となく覚えていた。子供の頃から釣りに接してはいたが、きちんと投げ釣りをしたのは今日が初めてだった。投げる前のリールのセッティングや指と糸の絡め方、竿のスイング軌道などなど、何となく身体で覚えていたので、とりあえず投げてみたら‥1回でうまく行った(笑)

今までやっていた「サビキ釣り」はそれはそれでゆっくりじっくり釣りを楽しむことができるし「投げ釣り」は何と言っても爽快感がある。いずれにしても釣りは気分転換にはもってこいだった。


ゴールデンウィーク 緊急事態宣言中の葛藤

そんなこんなで10時頃まで存分に「ちょい投げ釣り」を楽しむことができたのだが‥残念ながら釣果ゼロであった。今回は本当に「まったくゼロ」で、クサフグさえも引っ掛からない‥。これも初めてだったかもしれない。

さて、冒頭で「子供たちを呼んだ」と書いたが、今回は高校2年の長男と小学6年の次男に「後から島に来い」と言い伝えておいた。ふたりとももう既に「父親と一緒」は嫌がる年頃である。通常なら私も「天気がいいから友達とでも遊んで来い」と言いたいところであるが、緊急事態宣言中の最中ではそれも言い難い。長男は部活も自粛のため活動停止。GWに力のあり余った男子がふたり家にこもってゲームばかりしている。。仕方ないことなのだが、親としては何か葛藤を感じる。。


十分な感染対策を行った上で、島に来て散策だの買い食いだの周辺の海沿いをサイクリングだのしていれば、リスクも少なく、気分的にも健康的にもよい‥と思ったのだ。。感染に対して自覚がない‥と言われるかも知れないが、コロナ渦に入ってもう1年。家の中で遊ぶ方策や近所の散歩など散々手を尽くして来て‥もう打つ手もない。4連休のすべてを家の中で過ごしウイルス感染は避けられたとしても、日光に当たらなかったり、過度の運動不足に陥ったり、精神的な面なども踏まえ、長期的に考えての疾患の方が最近は心配になって来た。そういった諸々の事を考えの結果の行動である。


またまさかの展開 次男が釣りをやると言う!

11時頃、子供たちは島に着いた。私と会い、高校2年の長男はサッサと島内散策に出掛けてしまった。そして小学6年の次男は意外にも「釣りをやりたい」と言い出した。

私が釣りを始めて半年、特に子供たちは興味を示さなかったので、私も特に誘ったりしていなかった。今日も特に釣りにつき合わせる気はなかったのだが‥。半信半疑で次男に「投げ方」を教えて投げさせてみたのだが‥。案の定、仕掛けは斜めに飛び‥。周囲の数人の釣り人に詫びて仕掛けを巻き戻した。まぁ覚悟の上だったが‥想像通りの出来事が起こってしまった。この辺は狭い釣り場の宿命でもある。。


しかし、次男は2投目からは順調で、まっすぐ比較的遠くへ投げることができるようになって行った。一投ごとにヒヤヒヤではあったが‥。本人は「おもしろい」とも「またやりたい」とも言っており、これまた意外な展開であった。

学校では休み時間にサッカーなどしているようなので、健康的にはそれ程心配している訳ではなかったのだが‥、釣りを覚えて「野外での遊び」をひとつ増やせてやれたのは、親としても収穫だった。ちなみに次男も釣果ゼロ。。まぁ初めてなので仕方ないか‥釣れればもっと「釣りにドハマリ」したかも‥。

そんなこんなで次男とも2時間程釣りをした後、島内にあった出店や食堂のテイクアウトを利用して釣り場のそばの芝生で3人で昼食を取って帰宅した。天気も良く大いに日に当たり、野外で開放的な空気に触れ、十分な気分転換ができた。

今度は子供を連れて釣り‥もあるかも知れない。釣り場が変わり、釣り方が変わり、私の釣り環境が大きく変わった日でもあった。


2021年4月25日日曜日

生涯サラリーマンとして生きる人生 なぜそう決めたか

サービス残業 ブラック企業 社畜 言い方はいろいろ

今月は25日が日曜日なので毎月の給料は23日に支給される。降格処分となってから初めての給料日である。給与明細の「等級手当」がしっかり減額されていた。。


2ヶ月程前から新規の仕事も加わり、最近は残業の連続。でも残業手当など認められずサービス残業の日々。。勤務時間外に職場に残っているだけでも邪険にされる。やむなく仕事は家でやる。会社は「イヤならいつでも辞めてくれていい」と言わんばかりの仕事の振り方。要するに膨大な量の仕事を残業なしでやっている「フリ」をする。

こんな会社を「ブラック企業」。こんな社員を「社畜」と呼んだりするのだろう。今はそんな心境である。

では、そんな会社ならなぜ辞めないのか?


会社に残りたいと思った私の副業体験

「会社を辞めて起業するような実力はない」とか「家族を支えるため」とか「安定した生活のため」とか理由はいろいろある。膨大なサービス残業や人的ストレスがあったとしても、総合的に考えるとサラリーマンでいた方が気が楽なのだ。。最近はそんな風に考えられるようになった。

それは、ここ2~3年で私がしたある体験が、上記の世間的な超ありふれた考え方を決定付けたのである。


私はかつて、インターネットビジネスに没頭した時期があった。「没頭」と言っても副業のレベルである。今の会社に勤務しながら、平日の夜や休日の時間を使って取り組んでいたのである。ダラダラと10年程やっていたが‥。

10年もやっていると、たまに「おかしなクライアント」に遭遇してしまう場合もある。簡単に言えば理不尽な要求をしてくる人間だ。それまで何度か「少しおかしいな‥」レベルに遭遇したことはあったのだが、1年前に本格的な違法まがいのクライアントに出くわしてしまったことがあった。

その時は、いわゆる「クライドソーシング」でライティングの仕事を受けたのだが、下記のような経緯から1回の仕事だけで継続受注は断った。後日、そのクライアントからは「不満足」の評価を受けた。

・「お金が儲かる極秘セミナーの誘い」という類の文書制作

⇒明らかに悪徳セミナーである

・クライアント指定のチャットで直接私と連絡させる

⇒私(受注者)との連絡内容を秘密裏にする

・業務以外の調べものや関連資料閲覧の指示が「チャット」で来る

⇒秘密裏に契約外の指示をして来る

・やたらに長期契約を求めて来る


悪徳クライアントに関わったストレス

一旦、業務契約をしてしまったので、やむなく一度だけ「記事」を書いたが、以降の仕事は断った。契約上「まずはお試し作業、問題なければ長期契約」という体だったので助かったが、「問題ありあり」「完全な黒に近いグレー」「安い賃金で労働者を使い倒す」という姿勢が見え見えだった。しかも制作する記事の内容は明らかに「悪徳セミナーへの誘い」である。


ちなみに私が「追加受注は無理」という意思を示した直後に「チャット」のすべてが消去されていた。見事な「証拠隠滅工作」である。きっと手慣れた人物なのだろう。

この時は少なからずストレスに襲われた。明らかな「悪徳クライアント」の執拗な長期契約依頼。断ればどんな行動に出てくるか想像もできない。。当時、ゴールデンウィーク前だったが、強引に示して来たGWの作業予定‥「儲かりますよ」を殺し文句にツメツメの作業を提示して来たが‥あんな仕事受けていたら‥と思うと背筋が寒くなる。

意を決して長期契約を断って本当に良かったと思ったのだ。。その間、たった2~3日だったが、そのストレスは計り知れなかった。


変なお客から会社は守ってっくれる

このことは、何もインターネットビジネスだけに起こる事ではない。どんな仕事でも「困ったお客」はいるものである。私が勤務する会社であっても「変なお客」にはよく遭遇する。私自身も電話越しに理不尽に怒鳴られたことも何度かある。。


副業で「悪徳クライアント」に遭遇することと、会社で「変なお客」に遭遇すること‥一見大して変わらないように思える。ごく少数存在する「変な人」「悪徳業者」にあたってしまっただけで。「ツイテない」だけのことであるが‥。両者の間には決定的な違いがあった。それは、こちら(自分)のことだ。。

会社での出来事は背景に会社の存在がある。いざとなれば同僚が、上司が、法律が助けてくれる事だってあるだろう。しかし、副業(独立して起業した場合も同様)の場合はそうは行かない。自分が対応しなければならない。自分でカタを付けなくてはいけない。法律は味方してくれるだろうが、その法律をどのように適用するのか‥これもまずは自分で動かなくては話にもならない。。要するに「守ってくれる人」はいないのだ。。

もちろん「悪徳クライアント」に遭遇するケースなど稀である。しかし、一度遭遇すれば、弱みを握られれば、恨みを買えば‥執拗に付きまとって来るだろう‥こちらが個人で弱い立場であればなお更である。そんなケースは稀であるが、いざ遭遇すればそのストレスは計り知れず、下手をすれば悪徳クライアントに屈してしまう事だってありえる。「屈する」とは命を落とすまで働かされるか「仕事」の名の下に犯罪に加担するようなことである。。


私にはなかった 悪徳クライアントと交わる覚悟

今どんなにサービス残業させられていても、職場に気に入らない人間がいても、会社の中にいる限り上のようなストレスに晒されることはない。どうしようもなければ仕事の量も相談はできる(まぁ‥相当な嫌味は言われるだろうが‥)。


私もある時期「会社がイヤでたまらなくて」独立・開業しようとしたことがあった。そもそも「会社がイヤで‥」は通用しないことも分かっていたが‥あの時本当に実行していたらと思うと‥いまでも背筋が寒くなる‥。独立自体はできるのだろう。がんばれば高収入も夢ではない‥そう‥夢が見れる!ドロドロして閉鎖された会社の中で社畜として生きるより大いなる夢を見られる‥

でも、世の中は良い人間ばかりではない。悪徳クライアントに遭遇した時に、強く、うまく立ち回っていけるのか‥私にはその覚悟がなかった。。そこまでして「独立・開業」したいとは思えなかった。

これが、私が「生涯サラリーマン」を受け入れた理由である。50歳にしてようやく‥。

サービス残業、人的ストレスの日々ではあるが、破産や犯罪まがいのストレスに比べれば「子供の悩みレベル」である。。休日返上でも「仕事が終わる時間」はある。それは仕事やストレスから本当に解放された完全な自由な時間。。そんな時間を得られることを有難いと思うべきなのかもしれない。

生涯サラリーマン。。そんな生き方で私はたぶん後悔しない。


2021年4月20日火曜日

母が他界して半年 本当に早いものだ

残業、休日返上、忙しい日々が続く中で…

最近、新しい仕事を引継いだ関係で急激に忙しくなり、休日返上、仕事持ち帰り、在宅勤務時も23時頃まで残業…などという日々が続いている。

先月も1回8連勤があったのだが・・先週からまた8連勤。4月から降格の上に仕事は追加。モチベーションなど上がるはずがない。。私が喪中であるなど既に誰一人覚えていないのだろう。ロクな事のない春を迎え、気分は冴えない。でも思うところあり会社は辞めない。この辺の理由は長くなるので別の機会に記事にしたい。

今日は8連勤後に久々の休暇のはずだったが、午前中は自宅で仕事(泣)。ようやく一区切りついたところで、やっと…やっと午後は休暇にできた(泣)(泣)。


母が他界して半年 本当に早かった半年

ふと思うと今日は20日。父や母の月命日だった。母の他界からとうとう半年経ったのだ。。ここ半年、月命日前後には必ず墓参りをしている。今日は天気も良かったので、墓参りに出掛けた。

コンビニで昼食を買い、霊園内にあるミニ公園で食べることにした。ウチのお墓はいわゆる「墓地」という感じではなく、広大な敷地の公園のような環境の中にある。敷地も山ひとつがそのまま霊園になっているようなところで、園内は車も走れる。そんな環境なので小さな子供たちのためのミニ公園のような施設がいくつもある。


ここで日に当たりながらのんびり昼食を食べ、ベンチで少し昼寝させてもらった。。平日の昼間…また、4月であるということもあるのだろうか、今日は本当に誰もいなかった。清掃員のお兄さんを見かけたくらいかな…。風もなく暖かく広々した敷地に私一人…思いもよらないところに「贅沢」が転がっていた。墓参りに来たのだけれど…


思わぬ場所にあった静かな贅沢

冒頭にも書いたが、最近、急激に仕事が忙しくなり、それなりに不満も積もり殺伐とした日々の連続であったしこれからも続くであろう…。ここしばらく「ストレス解消」の手段は「釣り」だったが、残業に明け暮れて釣りに行く時間をも失い、これも高レベルのストレスを感じている状況であった。そんな喧騒やストレスをを忘れさせてくれるような時間だった。

ちなみに、あまりにも天気が良く、清々しい風景だったので思わずパチリ。。


思わぬ形でたくさんの日光を浴び、短い時間で気分転換ができた。墓参りに来たおかげだ。亡くなってもなおこんな充実した時間を与えてくれる父や母に感謝しなければならない。そんな風に素直に思える時間だった。


2021年4月3日土曜日

緊急事態宣言解除 コロナ感染者増加 外出をどこまで非難できるか

ご褒美の寿司とサッカー観戦は油断か?

入社・退職・入学・卒業・異動・春休み…いろいろある時期である。加えて今年は緊急事態宣言の解除が3月の後半にあった。ウチの場合、今年に関しては子供たちも含めて大きな動きはなく、私が4月1日付けで降格になったくらいだ。

職場内でも人の動きや業務引継ぎなどがいくつかあり、少し変わった‥という感じではあるが大変動というわけでもなく概ね静かな春先となった。

ウチではたまたま長男(高校2年)と次男(小学6年)がそれぞれ英検に合格。「寿司を食べたい」というので、日曜日にご褒美と称して久し振りに「回転していない寿司」を家族で食べに行った。


当然ながら激しくウマイ!子供たちも満足気で「よいご褒美」になった。

そして、次の日曜日、延び延びになっていた次男とのサッカーに行く約束をようやく果たす事ができた。


座席は「2~3人飛び」「声出し声援禁止」の警戒態勢。でもやはり開放感が違う!リアル感が違う!!天気はあまり良くなかったが十分に楽しむ事ができた。このご時世に2週連続で日曜日外出。。「油断」と言われても仕方ないかも知れない。

しかし、3学期は長男、次男とも学校の成績も好調。英検にも合格。。親としては何か報いてやりたい。子供たちも大きくなり、最近は物を欲しがるということも無くなって来たので、せめてウマイものでも食べさせてやりたい…。

サッカーにしても、サッカー観戦自体は1年半ぶり、子供を連れてどこかに出掛けるのも昨年の夏休み以来…。「回転してない寿司」「サッカー観戦」が2週続いてもいいだろう…春休みだし…。という判断である。。決して油断ではない!…と思いたいモノである。

年度末と年度始まり 浮かれる街中の空気

3月31日と4月1日。私は在宅勤務ではなく職場出勤だった。職場の周りは「ザ・都会!」という場所なので、世間的な空気感がよくわかる土地柄である。両日とも仕事帰りは、かなり街中が浮かれた空気になっていた。



歓送迎会、入学、卒業に関わる会などが催されているのだろうとすぐに察しが付く、飲み屋の前を通れば決して少人数ではない大きな笑い声が聞こえる。

そりゃ感染するわなぁ・・・・・・。

世間的にコロナ感染の大きな原因のひとつは「会食」と言われているし、私自身もそう思っている。狭いテーブルを囲んで、面と向かって話して食べているのだから、唾液や飛沫の行き来がないわけがない。。3月31日と4月1日はそんな「騒ぎ」を横目に見ながら家路に着いた。

送別会を批判できない自分がいる

結論から言えば、私は「歓迎会」は批判できるが、「送別会」はちょっと批判し難い気がする。。前者は人間関係も薄く「これからがんばりましょう」「これから仲良くして行きましょう」という会である。今のご時世にキャンセルして何も問題もないと思える。


しかし「飲んで騒ぎたい」のか「主催する者が自分の力(影響力)を示したい」のか「新しい出合いを求めて」なのか分からないが、4月1日に「歓迎会」的な空気でノリノリの連中をたくさん見掛けた。コイツらは十分に批判されていいと思う。

逆に私は「送別会」をあまり批判できない。数日前に厚生労働省の職員が宴会を行っていたという報道があったが、確かに「23人」は多過ぎである。この辺、人数的にコントロールできていない部分はトコトン非難されるべきではあるのだが・・・・・。

送別会は「今まで頑張ってくれてありがとう」「お世話になりました」「これからも頑張ってください」などなど、ある意味職場の「功労者」を労い、感謝の意を伝える会でもある。一堂に会して送り出すことには、社交辞令だけでなく、人としての繋がりという点を考えると一概に批判してよいものかどうか…。発起人や幹事の方の心意気を考えると複雑である。

このご時世を理由に「送別会は見送り」「気持ちと贈り物だけで…」とするのも難しい状況、人間関係があっても仕方ない…のかも知れない。

コロナとの葛藤は終わらない

冒頭に書いたように、私自身も子供を連れて外食しサッカー観戦に行った。これらもここ1年の引きこもり状態を鑑みての行動であった。これらを非難されても困ってしまう。

数日前から、また「感染者増」が目立ち始めて来た。残念ながら「第4波」は避けられないのであろう。ワクチン接種の効果が優性となり「コロナ終息」となる日は本当に来るのだろうか?本当に東京オリンピックは開催されるのだろうか?私を含め私の家族はこのままコロナに感染せずに過ごして行くことができるのであろうか?そもそもウチに予防接種の連絡は来るのだろうか?

今年ももう4月。コロナと葛藤する日々はまだ続きそうである。

おとうさんの休日 転職後初めての釣り紀行

休止していた趣味の釣りを再開  4連休2日目。介護職に転職後、初めての釣りとなりました。約1年半ぶり・・。やっぱり昨年は気持ちの部分でも休暇日程の部分でも釣りに行くゆとりがなく、結局、趣味で月2回くらい行っていた釣りを1年以上休止してしまっていました。 今後も月2回は難しいですが...