2026年5月19日火曜日

おとうさんの休日 転職後初めての釣り紀行

休止していた趣味の釣りを再開 

4連休2日目。介護職に転職後、初めての釣りとなりました。約1年半ぶり・・。やっぱり昨年は気持ちの部分でも休暇日程の部分でも釣りに行くゆとりがなく、結局、趣味で月2回くらい行っていた釣りを1年以上休止してしまっていました。

今後も月2回は難しいですが、可能な限り釣りには行きたいと思っています。


画像で綴る おとうさんの釣り紀行

釣り場の堤防から撮った港内の様子。青い空、青い海の色に癒やされます。カモメやワシなども飛んでいます。長閑な風景に囲まれての釣りはホントに最高!



この場所には5年ほど前から来ていますが、モジュール船・・というのでしょうか。珍しい光景だったので撮りました。もちろん「釣りをしている方は移動してください!」と言われました(汗)。

モジュール船


今日の釣り場とは反対の港外側。こちらも釣りはできるのですが、今日は波が荒く、釣りをしている人はいませんでした。

灯台 シンボル 荒波


港外から望む水平線。この景色を見ることが釣りと同じくらいの目的でここに来ています。イヤな事とかホントに忘れさせてくれる風景です。

水平線


そして、今日の釣果。5センチ程のカマスと小サバ・・。イマイチしたが、明日、唐揚げにしてありがたくいただきます。

サバ カマス 釣果


釣果はイマイチでしたが、天気もよく、爽快な風景に癒やされた釣り紀行でした。連休でないとなかなか行けませんが、今シーズンも行ける限り行きたいです。


2026年1月17日土曜日

総合病院からの卒業 近所のクリニックへ転院

主治医から病院卒業のお話があった

先日、2ヵ月に1回ほど通院している病院の先生から「ウチ(病院)はそろそろ卒業でいいね。次回、紹介状を渡します。」とのお話がありました。

病院 卒業 クリニック 検査

お世話になった先生とお別れするのは少し寂しいものですが、私の身体がほぼ健康体に戻ったための措置なので、これは喜ぶべきことです!

3年ほど前、私は上腸間膜動脈乖離(じょうちょうかんまくどうみゃくかいり)という病気になりました。


血管が乖離とは血管が裂けること

簡単に言えば、胃と腸の間あたりにある血管の内部が裂けてしまう疾患です。

最悪の場合「裂け目」に血液が流れ込み、膨れ上がった血管が正規の血流をせき止め(閉塞)、緊急手術をしないと命を落とす危険があります。

血管 乖離 閉塞 裂ける 疾患

私の場合「裂け目への血液の流れ込み」があり、正規の血流が半分くらいせき止め(閉塞)らていたそうですが、完全な閉塞は避けられたため、命に係わる事態にはなりませんでした。

あれから約3年半。先日の検査で血流がほぼ正常に戻ったので、今後は検査の必要なし、病院は卒業とのことになりました。

ただ、降圧剤の服用は継続する必要があるため、近所のクリニックへ転院という形となりました。


とうとう自分が 救急搬送 即入院

発症した日のことは今でも忘れません。忘れられません。。

まだ前職の職場に勤務していましたが、8月のある日、帰りの通勤電車に乗ろうとした時、突然腹部に激痛が走り、電車に乗らず、そのまま駅のホームでうずくまってしまいました。人生で初めて「痛みで歩けなくなる」という経験をしました。

本当に突然、何の前触れもなく、それは起こりました。

救急搬送 即入院 激痛 意識

10分経っても20分経っても痛みは収まらず、むしろ増していくばかりです。やむなく駅員さんに救急車を呼んでもらいました。そして救急搬送され即入院。

でもこの時、意外と冷静でした。当時51歳。あーオレにもとうとうこんな日が・・と救急車を待っている時間、激痛に意識が集中する中でそんなことを思っていました。

約3年半でほぼ完全回復となりましたが、あの時の激痛からは想像できない結果でした。とりあえずよかった。本当によかった!!


ただの偶然か それとも父親からの警告か

病気のことをネットなどで調べるとホントにぞっとします。「血管が完全に閉塞され命を落とす可能性」は決して小さくなかったからです。私の場合も実際に「血管の半分は詰まった」からです。

命 閉塞 警告


でも、どうして「半分」で済んだのか?


神のみぞ知る領域です。


単なる偶然でしょうか、それとも既に亡くなった父親からの警告でしょうか。


父親が亡くなって20年近くになりますが、血管の疾患が主な原因でした。


父親の導きかも知れない。。。


当時52歳。そろそろ身体に気を付けろ・・という父親の警告かも知れない。当時、そんな考えが頭をよぎったものでした。

そして、今55歳、転職して10か月。先生からの卒業のお言葉から、改めて健康はすべての土台であることを再認識したところでした。


2025年12月5日金曜日

恐怖のこむら返り 私が実践した再発防止策

両足がつった! 真夜中に我慢する激痛

今年に入って2回、夜中に両足の膝下全体がつり、夜中に飛び起きてしまいました。あまりの激痛に身動きできず、痛みを緩和する術もなく、ただただひとりで我慢する十数分でした。

こむら返り 足がつる ふくらはぎ 激痛

「こむら返り」「足がつる」というのは「ふくらはぎがつる」イメージでしたが、今回は2回ともふくらはぎだけでなく、足首や足裏もつっているように感じました。しかも両足(汗)。

少し心配になってネットで調べてみましたが、原因は「疲れ、ストレス、加齢、冷え、大きな病気」などなど多岐に渡るようです。

「大きな病気」以外は全部あてはまるような気も・・・冷汗

介護職に転職した当初から約9キロ痩せたこともあり、「大きな病気」も気になるところですが、今のところ体調が悪いわけでもなく、食事なども普通に摂れているので、一旦、考えないことにしました。


こむら返り防止 身体の冷え対策

一番最初に思い立ったのは「冷え」でした。

年が明けて急に寒くなってきましたが、それは、夜、布団に入っても同じでした。何となく布団が冷たい。今考えると2回の「こむら返り」は2回ともそんなことを感じた日に起こりました。

こむら返り 冷え対策 布団 あったかシーツ

薄々気付いてはいたのですが、夏場でも使っている「薄いシーツ」を取り替えていなかったので、確かに毎日布団に入ると「ちょっと足が冷たい」という感覚はありました。なので、押し入れの奥に収納していたあったかシーツに速攻で替えました。

amazon あったかシーツ

確かに暖かい!ここ数日は「ちょっと足が冷たい」という感覚はなく、ぐっすり眠れ、こむら返りも起こっていません。


漢方薬を使う 痛みを緩和する薬

あまりに痛かったので、2、3日前、職場の同世代Aさんにそれとなく話したところ「俺なんか毎日よ(こむら返りが起きている)」ということを話してくれました。

芍薬甘草湯 しゃくやくかんぞうとう こむら返り 足がつる

えッ・・ッ・・

あんな痛いことが毎日・・

そして、Aさんが服用している芍薬甘草湯という薬を一袋くれました。「しゃくやくかんぞうとう」と読む漢方薬でした。

amazon 芍薬甘草湯

こむら返りが起きた時に飲むと痛みが緩和されるし、痛くない時に「予防」として服用するのもアリとのことでした。実はAさんが職場の看護師さんに自身のこむら返りの話をしたら「イチオシよ!」と言って教えてくれたそうです。

介護施設勤務の役得ですかねぇ。。毎日、看護師さんに会えるし気軽に話もできるし。。

看護師さんのイチオシなら安心だし信用できそうだなと思い、早速ひと箱購入しました。ただ、安価ではないので「予防」として毎日服用するのではなく、「こむら返りが起きた時」または、就寝前に「今日はヤバいな」と予感がする時に飲む「常備薬」として使う事にしました。

まぁ、あの激痛の時に台所まで行ってコップに水を入れて薬を飲めるかどうかは不明ですが・・・汗。


水分補給とストレッチ

ネットで「こむら返り」「ストレッチ」などのキーワードで検索すると、対処方法がたくさん紹介されています。とりあえず始められるお金のかからない方法は「水分補給」と「ストレッチ」のようです。

こむら返り 防止 ストレッチ 水分補給

なので「湯冷ましの水を飲む」と「こむら返り防止用ストレッチ」を早速始めました。

湯冷ましはヤカンでお湯を沸かして冷ましておいて飲みます。夜寝る前に飲むと効果が上がるようです。

ストレッチは出勤日に帰宅時に「腰痛解消ストレッチ」と共に行います。今までよりストレッチ時間が2~3分増えたかなといったところです。

腰痛解消ストレッチは介護職に転職以来半年以上継続できていますので、こむら返りストレッチもたぶん継続できるのではと思っています。

あー健康に関わる習慣が徐々に増えて来る・・。

あの痛みを経験したらやむを得ないところですが、やっぱりベースは加齢なんですよねぇ。。歳には勝てませんヮ・・冷汗


2025年10月28日火曜日

母の命日に 今の自分は堂々と墓参りできるか

公園と呼んだ方が近いイメージの霊園

今日は母の5回目の命日で墓参りに行きました。本来の命日は10日ほど前なのですが、休暇と天気の具合がウマク合わなかったために今日まで延期していました。

まぁ、天気悪くても墓参りはできますが、思うところあって墓参りは「いい天気の平日」に行きたいと思っています。

墓参り 命日

お墓は近所の霊園にありますが、広大な敷地には管理事務所だけでなく、事務所とは別に座敷風の休憩棟、食堂兼カフェ、ブランコ、滑り台等の子供用遊具、高所にあるお墓に行くためのエレベータまであります。敷地内は車で行き来できるように道路も整備されていて、霊園と言うより公園と言う方が近い感じです。

なので、私は墓参り後には必ず自販機で缶コーヒーを買い、敷地内のある場所に行って一休みします。

風景や草花が楽しめる小高い丘

その場所は敷地内の小高い丘にあるベンチです。水子供養等のすぐ隣にあって、周辺の風景を見渡すことができる場所です。季節がよければ周囲に植えられている草木や花を楽しむこともでき、青空と相まって心癒される時を過ごすことができます。

墓参り 命日 風景 青空

墓参り 命日 風景 癒し 小高い丘

若かりし頃は、ひょとしたら少しでけ義務と感じていた墓参りも、年齢を経た今となっては癒しの場所となっています。まさか、自分がそんな風に変化するなんて思ってもみなかったですわ(汗)。

今は季節的に花は少なめですが、落ち葉や少しの紅葉が楽しめます。平日ですから人はほとんどおらず、広大な公園敷地全体が貸し切りのように感じられます。伸び伸びと風景を見渡しながら足下を見ると落ち葉と芝生が絶妙のマッチング!パチリと撮った写真がこちら。

墓参り 命日 休憩 落ち葉

麦わらトンボがたくさん飛び、誰もいない空間、広々した見渡しの良い場所、そして足下にはきれいな芝生と落ち葉。コーヒー片手に何時間でも居られる場所です。


他界した両親に正々堂々挨拶できるか

ここに来た時はなるべく何も考えず、心を無にすることを心がけますが、最近はどうしてもこんなことを考えてしまいます。それは、私は今、堂々と墓参りができているか・・。既に他界している両親に胸を張って対峙できるか・・というところです。特に精神論ではなく、自然にそんなことを考えてしまうのです。今の私は・・何とか「yes」と答えられる。そんな精神状況にまで回復しました。

墓参り 命日 人生 休憩

今年の1月、前職最終出勤日の次の日にここに来ました。あらゆるストレスから解放され、一応の会社への責任はすべて果たして退職。晴れ晴れした気持ちで墓参りできるかと思いましたが、そうではありませんでした。

今の自分は堂々と両親の前に立てない。

生きていれば心配かけるだけ。

この気持ちが転職・社会復帰へのひとつの原動力になったことは間違いありません。亡くなっても親の世話になっている・・。いささか苦笑いするしかありませんでした。

定年退職までおとうさんの役割は続く

介護職に転職して7ヶ月。ようやく職場にも定着し始めてきたようで、最近は基本的にすべて一人での対応を求められる夜勤にも対応できるようになって来ました。今は「何とか」堂々と墓参りできるかも知れませんが「おとうさんの最低限の役割」はそれでは足りません。


定年退職の65歳までしっかり収入を得て、家族を支えることができて初めて「正々堂々と」墓参りをすることが許される・・。私の両親ならそう言うかも知れません。

収入なんてホントに最小限かもですが、私の能力ではどれだけでも結構キャパいっぱいです(汗)。この歳になって、人生の厳しさを目の当たりにした昨今ですわ。

転職してまたストレスにどっぷり浸かる毎日ですが、両親に誇れる状況になる足掛かりは捉えられた状況。これからどんどん伸ばして行きたいものです。

2025年10月22日水曜日

ついに終わり 2年半の愛欲の日々も終結へ

予定が合わずLINEの返信も遅れがち

今年の6月頃からだっただろうか、AからのLINEの返信が鈍くなった。誘っても日程が合わないことが多く、最近は会うのが月1回くらいのペースになっていた。

よく考えると、Aはいろいろなことが変化していた。

変化 既読 無視 LINE

そっけないLINEの返事。返信の遅れ。そしてルックスの変化。A自身も言っていたが、見た目に分かるくらい体重が増えて来ていた。それは、身体を合わせている時も実感できたし服の上からもはっきり分かる。

待ち合わせ場所に立っている最近の彼女の姿は、お世辞にも魅力的とは言えなかった。初めて待ち合わせをした日、私が到着する前に別の男にナンパされたという彼女はもうそこにはいなかった。

それでも会えば燃えるような情事を繰り返し、快楽を楽しんでいた・・というのは自分だけの思い込みだったのだろうか。


既読無視と時間限定付きの承諾

8月に入ると誘いのLINEメッセージが既読無視となった。

「大丈夫?」と追メッセージを送ると、「○○時までなら・・」と時間限定付きの返事。

時間限定 既読無視 見送り

初めてだった。

いつも「ゆっくり会いたい」と言っていた彼女が時間を限定してきた。そして、その返信には続きがあった。「今回は見送りますか?」これも初めてだった。

そして今月(10月)初めに送った誘いのLINEは2回目の既読無視だった。

ここが限界かも知れない。

こちらからも追メッセージはしなかった。


辞めたいときに辞める関係

思えばAと濃厚な関係になって2年半。当初半年か長くて1年かと漠然と考えていたが、そんなに月日が流れたのだ。お互いに家庭があり、会いたい時に会うだけ。関係を終える理由が特になく、ダラダラとここまで来てしまったが、彼女の方で関係を終えたい理由ができたののだろうか。

関係 終了 終結 終わり 辞める

2年半の間に私自身転職しAと同じ勤務先から離れてしまったこともあり、会う回数は大幅に減ってしまった。予定も合わせ難くなり、最近は本当に「会ってするだけ」のセフレ状態だった。そんなところも彼女は嫌だったのだろう。

憶測の域を超えないが、頭のいい彼女のことである「あと腐れなく」終わりにしたいのかも知れない。「予定が合わない」から始め、LINEのやり取りを鈍らせ、自身のルックスをも悪くして、私の方から気持ちを離れさせるように仕向けていたのかも知れない。


恨みなし 感謝とお礼と今後へのエール

近い未来に必ず来る日である。それが今来ただけ。寂しい気持ちもあるし、今後、抑えられないであろう欲求をどう処理していいかも分からない。以前のように「お店」に通う方法もあるが、今、何となく気が進まなくてそれもしていない。

関係 解消 終わり 彼女

私の方は未練ありありだが、Aにはもう連絡していない。「気が進まなくなったらいつでも解消する関係」は当初から彼女との間で了承し合ってきたからだ。今更追いかけることはルール違反である。もちろん恨みなどない。

それよりも、あらゆる方策を使い、身体を張ってまで穏便に関係を解消しようとした彼女に申し訳ない気持ちで一杯である。どうかこれからも二人の娘さんと共に楽しく幸せに暮らしてもらいたい。

LINEは繋がっている。Aには心から感謝とお礼を伝えたいところだが、それはやらずに静かに関係を終了することにしようと思う。静かに終わる。それを彼女が望んでいるようだから。。。

2年半、本当にありがとう。心から感謝しています。今後ともお元気で!


2025年7月23日水曜日

参議院選挙が終わり 入居者の方と話す政治のこと

職場で選挙の話題なんて初めてかな

今週、数人の入居者様や比較的年齢の高い施設スタッフと参議院議員選挙の話をしました。年齢を重ねて行くごとに、選挙や政治への関心は高まっていくのか・・なんて思いました。私自身、周囲の方と選挙のことで長く話した記憶などほとんどありませんでしたので。。

参議院 選挙 政党 二大政党

今回は国民民主党と参政党が大躍進したようですが、私自身は立憲民主党に投票しました。将来的に日本が二大政党制になってほしいからです。個々の政策や政治家のスキャンダル的なことを言っててもキリがないので。。。

かつての社会党のような、自民党以外に政権を担える政党が日本にもうひとつできてほしいと思っているのですが、そんな考え方時代遅れなのですかね。。。

別に自民党が嫌いなわけではないのですが、5~10年に1回くらいは政権交代があった方が国家として健全なのではと思うのです。

あー今日は大きな話になってる・・(汗)


二大政党制か多党化か

ネットでは「多党化」なんて言葉を多く見受けるように思います。良く言えば「有権者が自分の考え方に近い党を選ぶことができる時代」が来たのかなぁなんて考えることもできます。

多党化 バラバラ 選挙

でも、悪く言えば、それでは「単なるバラバラ」です・・。

結局、何も変わらない・・ような気もします。

バラバラでは多数決で法律が変えられませんからね。


新興勢力ができては消えるの繰り返し

古くは民社党、新自由クラブ、社会民主連合なんて政党があり、自民党に「NO」を突きつけていたような気がしました・・が結局無くなりました。

新興勢力 政党 単独政権 連立政権

新党さきがけ、民主党、新進党、日本維新の会、希望の党・・新進気鋭の政党ができて話題になっては消えていく・・。こんな繰り返しを何度も見て来ました。

国民民主党、参政党、れいわ新選組、その他、諸々の新興勢力。。今までの経験から推察するに、10年後に生き残ってくれているのでしょうか。10年後にはまた自民党単独政権、自民党主体の連立政権に戻ったりはしないのでしょうか。


そうならないよう期待したいものです。


2025年6月8日日曜日

介護職転職で減収 太陽光発電で節約を実行!

太陽光発電導入 金銭的な結論はこちら

電気代節約を第一の目的に自宅に太陽光発電を導入することにしました。詳細をいろいろ書きましたが、まずは金銭的な結論を先に書きました。

介護職 転職 電気代 節約 太陽光

※簡単のため「約」の記載を省略

■総額:¥3,300,000

■自治体からの補助金:¥2,000,000 ※3~4か月後に回収

■自己負担分:¥1,300,000

■現状、月々の電気代(年間平均):¥25,000

■太陽光発電導入後、月々の電気代(年間平均):¥8,000

月の電気代が「¥17,000減」と考えると7年で「自己負担分」が全額回収となります。

業者の方から太陽光パネルや蓄電池システムの耐用年数は「20~30年」とのことですので、少なく見積もって耐用年数20年としても概ね¥2,500,000万以上の電気代節約になる見込みです。


介護職転職で減収 電気代の節約に注目

介護職転職での不安要素のひとつに「収入」があります。残念ながら私の場合は一時的に収入減となっていますが、65歳までの総収入を考えると前職を上回れる見込みです。

「一時的」とは言っても収入減となれば日々の生活は厳しくなります。出費はなるべく避けたいものです。そこで私は光熱費で大きく負担になっている電気代を節約すべく「太陽光発電」に着目しました。

介護職 転職 節約 太陽光発電

私の場合「自治体の補助金が出る」「前職の退職金がある」という事情がありましたので、こちらを活用することにしました。

ちなみに「退職金」は前職で23年働いて約700万です。多いか少ないかはよく分かりませんが(絶対少ないですよねぇ~汗)、一般的に「老後(定年退職後)の必要資金は年金+2000万」と言われているようなので、それに照らせば全然足りません!


太陽光発電導入の詳細 相見積もりから

4月、5月は休暇を利用して合計3か所の業者さん(近所の家電量販店やホームセンター)から相見積もりを取りました。2社が総額約420万、1社が総額約330万だったので、330万のKズホームに決めました。今月から本契約、取付工事に入ります。

7月中旬頃から発電できるようになるそうです。

介護職 転職 太陽光発電 節約 パネル

太陽光発電に必要な装置は大きく分けると「パネル」と「蓄電池」です。家の屋上に取り付けられるパネルの枚数、および蓄電池の性能(パネル枚数により変動)が変わるため、それらに応じて自治体の補助金額も変わるそうです。なので、ウチの場合、事前の見積もり、現場調査で10枚のパネルを取り付けることになり、補助金は200万となりました。

ただし、実際に補助金が出るまでには3~4か月程かかるそうです。


太陽光発電導入 費用的に苦しいところは

補助金が交付されるまでに数ヵ月かかるため「業者には補助金分も一旦支払う」必要があります。もちろん、数か月後にはには戻ってくるのですが・・。ここが少し費用的に苦しいところです。

太陽光発電 自治体補助金 退職金

一方、「自己負担分」はローンを組めます。

さて、ここがポイントですが、

「今までの月々の電気料金」>「ローン月額+太陽光発電分を差引いた電気料金」

となるようにすることが大切です。ローンを支払っても電気に関係する月々の支払いが安くなるようにローンを組みましょう。

ウチの場合、20年ローンで概算すると下記の通りでした。

ローン月額 10,000円

太陽光発電分を差引いた電気料金 年間平均約8,000円

現状、年間平均の電気代が月々25,000円だったので、月7,000円の節約になる概算です。

ただし、ウチは「一括払い」にしたのでローンは組みませんでしたが、月10,000円ずつ「退職金を戻す」ことにしました。約10年で「自己負担分」も回収できる見込みです。「自分ローン」なので分割手数料がありません。。


退職金を投資 吉凶はいかに

以上はあくまでもウチの場合、23年仕事した職場を退職した「退職金」を投資してみるという考え方に基いて実行しました。

投資 退職金 吉凶

まぁ、故障が出たり、うまく行かない部分もあるかも知れませんが、給料が減収となってしまったところでできる限りの経済対策をしようと思って実行してみました。

「お金を増やす」ための投資も必要ですが、私は「出費を抑える」ことを目的に退職金を「投資」しようと考えました。

吉と出るのか凶と出るのか。。答えは20年後くらいに出るのでしょう。。。


2025年1月1日水曜日

冬の電気代節約対策 カセットガスストーブ

転職に伴う収入減 電気代を抑える工夫

転職を決意したのはいいものの、50代での転職はそう甘くはありません。現職の年収は約550万。介護職へ転職後は概ね350~400万くらい。大幅な収入減となってしまいます。もちろん、収入を増やして行かねばなりませんが、加えて支出を抑える工夫も必要と思い、まず着手したのが冬の電気代削減でした。

転職 収入減 電気代削減

冷え性の私はエアコンだけでは足りず、足元用に小型の電気ストーブを使っていましたが、これをガスストーブに替えました。使い方にもよりますが、ウチでは12月から翌年の2月までの3か月間で概ね2~3万くらいの電気代削減になりました。

ちなみに我が家は4人家族で私はサラリーマン、家内はハーフタイムでパート、子供(2人)は学生です。私と家内は週休2日、子供たちは通常は学校に行き夕方に帰ってきます。土日やGW、夏季休暇、年末年始休暇頃は家にいる時間が長くなります。なので、12、1月の電気代は暖房費で急激に上がります。ここに着目して節約を図りました。


カセットガスストーブは使いやすい

カセットガスストーブは軽くて電気コードがないため持ち運び易く、灯油をポンプで入れる必要もないためカセットコンロを入れ替えるだけで燃料の補給ができる。こんな使い易さが魅力でした。おすすめはIwataniカセットガスストーブです。

カセットガスストーブ 電気代 節約 転職 収入減

私は写真の「CB-STV-MYD2」というタイプを購入しましたが、いろいろなタイプのものがありますので、必要に応じて大きいサイズのストーブを購入するのもよろしいかと思います。以下は「CB-STV-MYD2」のレビューです。


火力やカセットコンロの持ち時間

火力は普通の石油ストーブと同じレベルです。お湯が沸かせるくらいの温度になりますので、小さなお子さんや動物などは近づかないように対策することが必要です。小型なので部屋全体を温めるには不向きですが、足下に置けば十分な暖かさを感じることができます。

石油ストーブ 火力 カセットコンロ

1本のカセットコンロの持ちは強火の使用で約2時間程度です。Iwatani純正のカセットコンロは2時間半くらい持ちます。使用感としては大差ありませんが。Iwatani純正カセットは非純正品に比べると結構お高い(単価が倍くらい)ので、私はあまり使っていません。

社外品は近所のスーパーなどで「3本240円」などで売ってます。1本あたり80円くらいでかなりオトクです。1本で2時間くらいしか持つとして、100本使っても費用が8000円であることを考えると十分プラス計算です。

ちなみにウチでは台所や私が自分の部屋(4畳半)で使用しています。今シーズン(12月から翌年2月)はかなり使ったなという感覚でもカセットコンロの消費は50本程度でした。


カセットコンロ純正と社外品の違い

あくまでも私見ですが、Iwatani純正品と社外品の大きな違いは30分程の燃焼時間ですが、その他にガスを使い切った時の「切れ方」と私は感じています。
 ※使用上の感想です
純正品 社外品 ガスコンロ カセット

純正品は「スパッ」っとガスが無くなってストーブが切れますが、社外品は「ズブズブ・・」と音が鳴り、ストーブの火力が徐々に弱くなって行きます。「ガスの切れ味が悪い」という感じです。

完全にガスが無くなるまでに数分必要とする場合もあります。ガスが残留したままコンロを廃棄するのは大変危険なので、社外品コンロを使用する場合は、ガスが無くなりかけたら、完全にガスを使い切るまで燃焼し続けることに注意が必要です。


ガスのニオイはほとんどないが

アマゾンなどのネット通販サイトのカスタマレビューでも言及されることは少ないくらい、ガスのニオイは気になりません。石油ストーブに比べるとニオイはないに等しいです。

石油ストーブ 灯油 におい

ただ、ニオイは「皆無」ではありません。カセットガスストーブを使い慣れている人がニオイを気にすると、ほんの少しニオイは感じます。何も知らないお客さんが家に来ても、よほど敏感でないとガスのニオイには気が付かない・・という感じです。

■おすすめカセットガスストーブ



2024年11月2日土曜日

母命日の墓参りと人生の転換期の予感

心を落ち着かせ2週間遅れの墓参り

今日は母の命日として墓参りに行った。2週間遅れだ。

本来は10月中旬なのであるが、仕事の繁忙が重なり、日程的に行けないことはなかったのだが、あえて行かなかった。義務のような感じで墓参りしたくなかったからである。11月に入り、仕事の方が少し落ち着いたので3連休を利用して今日行って来た。




午前中に行ったためか、人気は少なく落ち着いてお参りする事ができた。昨年同様、家族は誘わず一人でのお参り。静かに落ち着いた気分になれる時間である。
そして、軽く公園内を散歩して帰るのがルーティンである。今日も草木や青空に癒された。

ちなみに私は青空にバックにした送電線の雄大さに何となく癒しを覚えるので、いつも写真を撮ってしまう。。これは超個人的な感想で変だと思っているのだが、今日も撮ってしまった(汗)。

ふと思うが、家内や子供たちは「おばあちゃんの命日」を覚えているのだろうか。

恐らく覚えていないだろう。家族でそのような話題は皆無。これは私にも責任があるだろうが、無理に家族を連れて墓参りに行く気もない。そもそも私だって家内の母の命日をはっきり覚えていないし、墓参りにも行っていない。家族揃っての行動がいよいよなくなっていることを切に感じる最近である。


人生の転換期になるかも知れない予感

今日は墓参りをしつつ、心はもうひとつのことを常に考えていた。
それは「転職」である。

以前の記事にも書いたが、度重なる異動でとうとう営業職に回され、モチベーションが皆無であることも原因であろうが、職場での人間関係は冷淡そのもの。今の職場に未練も愛着も全くない。なのに毎日通っている。最近は休みの日も自宅に持ち帰って仕事をしている。苦痛以外の何物でもない。

いくら収入のためでも、いくら家族のためでも。生きているように感じない日々に疑問を感じ始めて数カ月。上司への待遇改善相談、異動希望、転職探し等々、様々な方法を検討して来たが、とうとう「転職」に突破口が見出せそうになって来た。


新しい生き方 非正規雇用を受け入れる

54歳。もはや現状を好転させるのは、これしかないようである。でも、当然ながら大幅な収入減は確実。家族を支えて行けるのかが大きな課題。大変大きな重大な課題である。ここをクリアできない限り一歩前に踏み出すことができなかったのだが・・


ハローワークや転職サイトを探しているうちに、とある人材派遣会社の求人が目に留まった。簡単に言えば理学・工学系のスキルを持った人材専門の人材派遣会社である。

そこには、若かりし頃の自分の夢に近づけるような仕事がずらりと並んでいた。しかもほとんどが「年齢・経験不問」である。二十数年前から派遣業を営んでいる会社のようであるが、全く気付かずここまで来てしまった。

仮に派遣契約が決まったとしても、大幅な収入減は確実である。でも受け入れられた。この仕事に就けるなら「セカンドワーク」も辞さない。「非正規雇用」「セカンドワーク」もあっさり受け入れられたのである。


背中を押したのは夢と理想だった

「夢」「希望」「やりがい」・・こんな言葉はとっくの昔に忘れ去っていた。口にするのも小恥ずかしく感じる今日この頃であった。


収入、人間関係、健康、生活習慣・・転職を考える上で様々な「動機」を考えて来たのだが、最終的にはこれらが決定打となった。非正規雇用もセカンドワークも受入れ、家族には経済的な不安を感じさせないように環境を変える決意をする事ができたのである。

ただ、越えなければいけないハードルはまだまだある。そもそも、その人材派遣会社は「書類選考」と「適性試験」があるらしい。昨日、メンバー登録をしたのだが「書類選考の結果が出るのは週明けであろう。気持ちだけは前を向き始めたが、まだ分からない。書類選考、適性試験をパスすなければ何も始まらないのである。


心が回復して来た 冷静に選考結果を待つ

今、こんな心境である。あまり思い込み過ぎず、とりあえずは冷静に選考結果を待ちたいと思う。

そして、こんな気持ちになったのは何年振りだろうか、心が満たされると言うか、心に力が入ると言うか・・現職を辞めることへの周囲の抵抗、慣れない環境に飛び込んでいく不安、収入減による経済的な負担、健康への影響・・これらをすべて乗越えてでも進んで行く気持ちが今は芽生えている。

100%とは行かないまでも、若かりし頃に思い描いていた理想の生活に少しでも近づけるか、それとも家族を支える収入も得られず、健康も害して地獄に落ちるか、先の事は全く分からないが、そもそも現状が地獄のど真ん中である。もう怖いものなど何もない。54歳の最後の挑戦である。

2024年8月16日金曜日

自分の最終キャリアを考える54歳

塩対応・仲間外れ・孤立に疲れて来た

久し振りの更新になってしまった。お盆休みになり、何となく一息つけたのでブログを開いてみた。前回の更新が3月下旬。現職場での塩対応が明確になり始めてから更新途切れている。恐らくストレスが原因でブログ更新まで気持ちが回らなくなっていたのだろう。


現職場でも「指導」の名の下の塩対応が本格的に始まった。日々、周囲の職員から「冷たい態度」「冷たい言葉」「止めたい目線」に晒されている。「指導の名の下」であることは分かっていてもかなりしんどい。。

今、塩対応をしてくる人間は3人。私には塩対応。3人同士は和気あいあい。これだけはっきりしてくれれば逆に気持ちがよい・・というくらいはっきりした差別。簡単に言えば職場に4人いて私一人が完全な仲間外れ。他の職員はいるのだが別の階にいるのでほとんど顔を合わせない。

完全孤立。完全仲間外れ。

なんとか状況を打開しようとこちらから話題を持ち掛けても「冷たい態度」「冷たい言葉」「止めたい目線」が返って来るだけ。現職場に異動して8ヶ月。。いい加減疲れて来た。


いくら家族のためと言っても 感じる疑問

いつしか「こんなつまらない思いする必要があるのか」と感じるようになった。定年まであと5年程。専門外の仕事でもストレス満載の職場でも家族のためにあと5年耐えれば終わり。などとこれまでは考えていたのだが少し変わって来た。


そして、いつしかハローワークのサイトに掲載されている求人票を見るようになった。

転職活動を始めたのだ。条件は悪くなるかも知れないが、定年までの残り数年、せめて「やりたい仕事」に就いて自身のキャリア終了を迎えたいという気持ちが強くなってきた。

意外にも応募要件を満たしている求人はいくつかあった。IT業界は50代中盤でも募集対象になっている求人があったのだ。早速応募して昨日インライン面接を受け結果待ちである。合否および条件の折り合いなどまだハードルはいくつかあるが、すべてクリアできれば転職を実行しようと思っている。23年通った会社であるが、もう、未練は何もない。


偶然か必然か? 旧実家のあった地へ訪問

2、3日前に仕事で子供の頃に住んでいた地域の近くまで行ったため、仕事が終わった後に旧実家のあった集合住宅(団地)に行ってみた。昭和のいわゆる「マンモス団地」の一角で、私が住んでいた棟、私が住んでいた部屋の前まで行ってみた。


ほとんどの棟は残っていたのだが、私の住んでいた棟は完全に立て直されてしまっていて当時の面影は全くなく残念だったのだが、周りの風景は変わらない。私の住んでいた部屋の付近に立ち周囲を見渡して思わずハッとした。

この地を離れてもう20年以上になる。でも当時の風景が残っていた。間違いなく幼い頃に毎日見ていた風景がそこにはあった。どんな感慨なのか言葉にできないが、頭の中が空になり、しばらくその風景の中に入り込み時間が経つのを忘れるような気持になった。


初心に帰る導きか? 今一番大事なものは何?

20年以上、その間に転職、結婚、子供の誕生、4回の異動、父の他界、祖母・母の介護、祖母・母の他界、本当にいろいろな事があった。50代にして転職を意識したこのタイミングに、この地に行く用ができたのは偶然だったのだろうか。それとも初心に帰るよう何かが私を導いているのか。知る術もない。。


現状、「転職」が唯一私のモチベーションを支えていることは間違いない。家族を支えて行かなくてはいけない収入面での事情もあるので安易な条件で転職はできないが、転職を大きな選択のひとつとして今後は活動していくことになる。現職場でのモチベーション維持が難しいが、もはや心は今の会社の外に向いてしまっている。


2024年3月19日火曜日

父命日の墓参り 18年目に思うこと

思い起こすこと18回 父が倒れてから亡くなるまで

昨日が父の命日。毎年の事であるが「倒れた日」の3月14日から「亡くなった日」の19日までは私の中で当時の回想が優先される。特にそうしようと思っているわけではないのだが、頭の中に蘇ってしまうのだ。

今年も例外なく父が倒れたあの日、泣きながら電話をしてきた母の声から始まった一週間を日々思い出し、今日、墓参りに行って来た。


お彼岸の休日 家族連れを見て思うこと

春のお彼岸の時期でもあり、春分の日でもある今日はいつもと違った。人が多いのだ。当然、車も多い。

平日に墓参りに来る時は誰にも会わないこともあるのに、今日は「人だらけ」で少々戸惑った。特徴的なのは「家族連れ」が多いことだ。幼い子供を連れてのお参りが多い。子供たちは手桶、柄杓を持って駆け回る・・そんな姿を見て癒される私がいる。


墓参りの後に ちょっと豪華なお昼ごはん

かつてはウチもそうであった。墓参りは家族で来て帰りに少し豪華なお昼ごはんを食べて帰る。そんなルーティーンがあった。元気な子供たち見て喜ぶ母親、その母親の車椅子を押す私。何年続いただろうか。そんな時期が確かにあった。


そんな子供たちももう19歳と14歳。親とは行動したくない年頃でもあり、最後に一緒に墓参りに来たのは2年前だったか。母は亡くなり、墓参りはもっぱら私一人で来る。父が亡くなって18年。そんな月日を含むくらいの月日が流れたのだ。


きれいな花を見ながら感じる月日の流れ

近年はほぼ毎月墓参りに来ているのだが、3月以降は霊園内の草木がきれいでそれを見ることが楽しみになる。今日はまだまだ咲いている花など少なかったが、小さな梅が目を引いた。


午前中は天気も良く、墓参り後は少し霊園内を散策した。来月はきっときれいに桜が咲いていることを期待したい。
過ぎてしまえばあっという間に思える18年。もう定年退職まで「あと〇〇年」と数えるような歳になってしまった(汗)。今日は長男はバイト、次男は部活、家内はパート。今度、家族で墓参りに来るのはいつだろうか‥それとも、もうそんな日は来ないのだろうか‥今度墓参りに来る時は長男が運転する車に乗って来るのか‥月日の流れをひしひしと感じながらの今日の墓参りであった。


おとうさんの休日 転職後初めての釣り紀行

休止していた趣味の釣りを再開  4連休2日目。介護職に転職後、初めての釣りとなりました。約1年半ぶり・・。やっぱり昨年は気持ちの部分でも休暇日程の部分でも釣りに行くゆとりがなく、結局、趣味で月2回くらい行っていた釣りを1年以上休止してしまっていました。 今後も月2回は難しいですが...