無気力、虚脱感、空虚感‥何かが抜けた感じ
母が亡くなって2週間が経った。早い。ホントにあっという間だ。告別式当日に自宅に作った祭壇に早々にホコリが目立つようになって来たので掃除をした。位牌や花瓶、写真などを移動して拭き掃除‥20代、30代の頃の自分では考えられないような行動だ。歳取れば休日にやることも変わるモンである。
仕事に復帰してからも1週間が経った。5日間の忌引き休暇中にもやるべき仕事はやっておいた甲斐もあり、それほど後手に回って焦ることもなく1週間を乗り切る事ができた。
ただ、ふと思うのは、何となく力が出ない‥何となく無気力‥と感じることだ。実の親が亡くなったのだから当然‥といえば当然であるが、それとは別の虚脱感がある。風呂から上がって身体を冷ましながら一息ついている時、通勤電車に乗っている時、在宅勤務でパソコンを起動している時‥気付くと一点を見つめてボーっとしてしまう時がある。
悲しくないワケではないのだが‥燃え尽きた
悲しみから‥とも思ったが、母が亡くなって、結局ここまで涙を流すことは一度もなかった。亡くなる前日、容態が急変した母の姿を見た時も、次の日、亡くなった母と対面した時も、告別式前日、葬儀場に宿泊し夜に母の遺体を確認した時も、火葬場で最後の別れをした時も‥。
決して悲しくないのではない。情が薄いわけではない。母の見守りを続けて来た14年間が涙を必要とさせなかったのだと思う。もう十分できることはやり切った‥そう思えることで私は涙を流すことがなかった。まぁ‥私の考える「十分」が世間的にどの程度通用するのかは知る由もないが‥単に自己満足なのかも知れないが‥。
話を元に戻すが、仕事も手に付かないほど深く悲しんでいる‥わけではない。この1週間、仕事は淡々と進めた。平日に1日休暇を取ったが、病院の清算や四十九日の法要の手配などに明け暮れた。やることは特に問題なく進めている。
でも‥ひと仕事、ひと行動終えた後に来る‥何となくボーっとする時間が‥何となく間を空けてしまう時間がある‥ボーっと何かを考えているのではなく、何も考えないならボーっとなる‥と言った方が適切かもしれない。
こういうのを「燃え尽き症候群」とでも言うのだろうか‥。
いつの間に‥気が付けば14年
思えば母の見守りを本格的に始めたのは14年前だった。なぜ「14年前」とはっきりしているのかと言えば、それは、父が亡くなったのがきっかけになっているからだ。父は文字通り「ポックリ」だった。当時、私は結婚して間もなく、両親とは別居していたのだが、ある日突然「父が倒れて救急車で病院に運ばれた」と母から連絡があった。
それから1週間で父は亡くなった。死因は脳出血。それまで普通に元気に暮らし、定年後の生活を悠々と楽しんでいたはずなのに‥倒れてから一度も意識を戻すこともなく亡くなった。突然の形で母の見守りが私にバトンタッチされたのだ。
1年程後、私は家内や子供たちと共に実家に戻り「二世帯住宅」となったが、同じ時期に、母方の兄弟の事情で祖母も同じ家で暮らすこととなった。「三世帯同居」である。当時、私は、母と祖母の両方の病院の付添いをしていた。係りつけの病院は別々である。私は平日になるべく休暇を取り、休暇の日は母か祖母のいずれかの病院付添い。「午前中は母の病院、午後は祖母の病院」なんて日もあった。そして日曜日は家内や子供たちに家族サービス。文字通り「フル回転」の日々だった。
しかし、数年後に祖母も91歳で亡くなる。病気がちで足腰の悪い母に代わって葬儀の取り仕切りや後の手続き等々はすべて私がやった。
その後は母の見守りのみとなったが‥最初は足腰が悪くてもなんとか自力で何でも出来ていた母だったが、次第に衰え、病気が進み、認知症も発症‥病院の入退院、介護施設の入退所、2ヶ月程の短い期間だったが、事情で一時は在宅で介護をしたこともあった。オムツ交換や排泄物の処理などもやった。
母の見守りを引継ぎ、途中、祖母の見守りも加わり14年‥。父が亡くなった時に1歳だった長男は高校生である。長い年月が経ったのだな‥と実感する。
やり終えた‥が正直な気持ち
私自身が一人っ子だったこともあるかも知れない。「(母の面倒を見れるのは)私しかいない」という気持ちがどこかにあった。仕事・見守り・介護・家族サービスのすべてを成立させ、なおかつ自分のココロが壊れないように‥。
そんな生活も2週間前に終わった。
今感じている虚脱感は一体何なのだろうか‥。表現が適切でないかも知れないが‥もしかすると「達成感」なのかも知れない。父も祖母も母も亡くなるという悲しい結果ではあるが、「見守り・介護」「仕事との両立」に正面から取り組み、14年間やり抜いたことに対する達成感なのかも知れない。
上にも書いたが、私のやって来た事など世間的には「普通」「大した事ではない」という可能性は大きい。世の中にはもっと過酷な状況で見守りや介護に直面している方もいるのだろう。単なる自己満足かも知れないが‥でも今の正直な気持ちなのだ。
大袈裟だが、人生における最大級のミッションのひとつ‥これをやり終えたと言っていいと思う。




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