塩対応・仲間外れ・孤立に疲れて来た
久し振りの更新になってしまった。お盆休みになり、何となく一息つけたのでブログを開いてみた。前回の更新が3月下旬。現職場での塩対応が明確になり始めてから更新途切れている。恐らくストレスが原因でブログ更新まで気持ちが回らなくなっていたのだろう。
現職場でも「指導」の名の下の塩対応が本格的に始まった。日々、周囲の職員から「冷たい態度」「冷たい言葉」「止めたい目線」に晒されている。「指導の名の下」であることは分かっていてもかなりしんどい。。
今、塩対応をしてくる人間は3人。私には塩対応。3人同士は和気あいあい。これだけはっきりしてくれれば逆に気持ちがよい・・というくらいはっきりした差別。簡単に言えば職場に4人いて私一人が完全な仲間外れ。他の職員はいるのだが別の階にいるのでほとんど顔を合わせない。
完全孤立。完全仲間外れ。
なんとか状況を打開しようとこちらから話題を持ち掛けても「冷たい態度」「冷たい言葉」「止めたい目線」が返って来るだけ。現職場に異動して8ヶ月。。いい加減疲れて来た。
いくら家族のためと言っても 感じる疑問
いつしか「こんなつまらない思いする必要があるのか」と感じるようになった。定年まであと5年程。専門外の仕事でもストレス満載の職場でも家族のためにあと5年耐えれば終わり。などとこれまでは考えていたのだが少し変わって来た。
そして、いつしかハローワークのサイトに掲載されている求人票を見るようになった。
転職活動を始めたのだ。条件は悪くなるかも知れないが、定年までの残り数年、せめて「やりたい仕事」に就いて自身のキャリア終了を迎えたいという気持ちが強くなってきた。
意外にも応募要件を満たしている求人はいくつかあった。IT業界は50代中盤でも募集対象になっている求人があったのだ。早速応募して昨日インライン面接を受け結果待ちである。合否および条件の折り合いなどまだハードルはいくつかあるが、すべてクリアできれば転職を実行しようと思っている。23年通った会社であるが、もう、未練は何もない。
偶然か必然か? 旧実家のあった地へ訪問
2、3日前に仕事で子供の頃に住んでいた地域の近くまで行ったため、仕事が終わった後に旧実家のあった集合住宅(団地)に行ってみた。昭和のいわゆる「マンモス団地」の一角で、私が住んでいた棟、私が住んでいた部屋の前まで行ってみた。
ほとんどの棟は残っていたのだが、私の住んでいた棟は完全に立て直されてしまっていて当時の面影は全くなく残念だったのだが、周りの風景は変わらない。私の住んでいた部屋の付近に立ち周囲を見渡して思わずハッとした。
この地を離れてもう20年以上になる。でも当時の風景が残っていた。間違いなく幼い頃に毎日見ていた風景がそこにはあった。どんな感慨なのか言葉にできないが、頭の中が空になり、しばらくその風景の中に入り込み時間が経つのを忘れるような気持になった。
初心に帰る導きか? 今一番大事なものは何?
20年以上、その間に転職、結婚、子供の誕生、4回の異動、父の他界、祖母・母の介護、祖母・母の他界、本当にいろいろな事があった。50代にして転職を意識したこのタイミングに、この地に行く用ができたのは偶然だったのだろうか。それとも初心に帰るよう何かが私を導いているのか。知る術もない。。
現状、「転職」が唯一私のモチベーションを支えていることは間違いない。家族を支えて行かなくてはいけない収入面での事情もあるので安易な条件で転職はできないが、転職を大きな選択のひとつとして今後は活動していくことになる。現職場でのモチベーション維持が難しいが、もはや心は今の会社の外に向いてしまっている。



